プレミアムクラスを我慢して、空港で豪遊した話(出張マイルの使い道)

今日は東京出張なのである。しかもマイルで予約した。こういうとき、私は妙に誇らしい。実質タダで空を飛ぶ男、という気分になるのだ。会社の経費で飛ぶくせに、なぜか自分の手柄のように感じてしまうのだから不思議である。

空港のチェックイン機の前で、ふと「プレミアムクラスにアップグレードできます」という表示が出た。追加15,000円。ボタンはやけに素直に光っている。押せばいいだけなのである。

15,000円。

数字にするとたいしたことがないようで、実際にはなかなかの額である。家族5人で回転寿司に行けば、ちょっと本気を出したくらいの金額だ。いや、本気を出したら足りないかもしれない。私はそこで、しばらく機械の前で立ち尽くした。後ろに並ぶ人の気配が、私の優柔不断を静かに責める。

そういえば若い頃、夜行バスで東京に行ったことがあった。三列シートが「贅沢」だと思っていた時代だ。あの頃の私が見たら、プレミアムクラスで悩む今の私はずいぶん偉そうである。人間はすぐ慣れる生き物なのだ。

しかし、15,000円は15,000円である。私は静かに「通常席」のまま進んだ。押さなかった指が、少しだけ震えていた気もする。

そして私はひらめいたのである。

「これは、15,000円得したのと同じではないか」

得したお金は、使ってもいいはずである。理屈としては、どこかの棚に置き忘れた感じがするが、まあいい。

私は空港で、普段なら絶対に頼まない海鮮丼を食べ、ちょっと高いコーヒーを飲み、お土産コーナーで家族に頼まれてもいないお菓子を買った。空港価格という魔法がかかっているから、財布のひもも少し緩む。心なしか、通常席でも背筋が伸びる気がした。

搭乗してみると、前方のカーテンの向こうが少し気になる。あちらがプレミアムクラスなのだろう。だが私は、お腹いっぱいである。たぶんあちらで出るであろう軽食より、さっきの海鮮丼のほうが満足度は高い。そう思うことにした。

節約とは、不思議な言葉だと思う。使わなかったお金を、別の形で使うことを指すのかもしれない。

まあ、いずれにせよ私は今、通常席で満腹なのである。プレミアムかどうかは、胃袋が決めることなのだ。たぶん。

1Passwordの33%の値上げと、私の茹でガエル的セキュリティ生活

最近、財布のひもが勝手にゆるむニュースが多いが、これはなかなか強烈だった。

1Passwordが、2026年3月27日より個人向けプランを値上げするらしい。
年額35.88ドルが47.88ドルへ。約33%アップである。

三割増しと聞くと、急に高級感が出る。
いや、出なくていいのである。

私はすでに1Passwordの住人だ。パソコンのログインパスワードも、iPhoneのあれも、なぜか複数台あるAndroid端末のそれも、すべて預けている。証券会社のパスキーまで面倒を見てもらっているのだから、もはや家族同然だ。

むしろ家族より秘密を知っている。

思えば昔の私は、同じパスワードを使い回す勇者だった。
「多少違っても、だいたい同じ」で乗り切っていたのである。
あの頃の私に今の状況を説明したら、「何と戦っているのだ」と言われるだろう。

だが今は違う。
英数字と記号が踊る24桁のパスワードを、私は一つも覚えていない。覚えていないが、なぜか安心している。全部1Passwordが覚えているからだ。

便利とは恐ろしい。

頼れば頼るほど、戻れなくなる。
これはもう、完全に茹でガエルである。

最初は「まあ月数百円だし」と軽い気持ちだった。それが気づけば、生活のインフラになっていた。電気や水道と同じポジションである。止まったら困る。

値上げの知らせを見た瞬間、私は軽くうめいた。

「うーん…」

たった十数ドルの差なのに、気持ちはずいぶん重い。
人は割合に弱いのだと思う。33%と言われると、急に裏切られた気持ちになる。実際は、ランチ数回分なのに。

しかし、乗り換えを考えた瞬間に頭が痛くなる。

エクスポート?
インポート?
もしどこかでミスをしたら?
あの大量のログイン情報を、自力で管理する未来?

想像しただけで、私はそっとブラウザを閉じた。

そして代わりに開いたのが、ソースネクストの1passwordの販売ページである。
値上げ前に三年分を買っておくという、ささやかな抵抗だ。

新規でも12,800円。追加購入なら8,800円。
三年分と思えば、まあ許容範囲だ。
いや、許容するしかない。

私は計算機を叩きながら、「これで時間を買ったのだ」と自分に言い聞かせる。三年間は現実逃避できる。三年後の私は、そのときの私に任せる。

未来の私は、きっとまた悩むだろう。

それにしても、人間とは不思議なものである。
パスワードは一つも覚えていないのに、料金の値上げ幅だけはきっちり覚えてしまう。

安全を外注する時代。
私は今日も、1Passwordに守られながら、値上げに小さくうなだれている。

便利さに囲まれて生きるというのは、こういうことなのだろう。

たぶん三年後も、私は同じことを言っている。
そしてまた、「まあ、しょうがないか」と更新ボタンを押すのである。

IDARE3万円チャージと、1,108円の夢の続き by ソニー銀行

先日、スマホに「1月の山分け分、1,108円」という通知が届いた。1,108円である。なんとも言えない金額だ。大喜びするほどでもなく、かといって無視するには惜しい。スーパーでちょっといい豚肉を買うか、それともビールを数本増やすか。私はしばらくその通知を眺めながら、1,108円の使い道について真剣に悩んでしまったのである。

どうやら2月は山分け原資が2倍の2,000万円になるらしい。参加者は多少増えるだろうが、それでも「もう少し貰えると思います(多分)」と書いてあった。多分、という言葉がやけに正直で好感が持てる。世の中、断言する人ほど怪しいのだ。多分くらいがちょうどいい。

参加条件は「3万円チャージするだけでOK」とのこと。3万円と聞くと少し身構えるが、「チャージするだけ」と言われると急に気楽になる。私はまんまとその言葉に背中を押され、IDAREに3万円チャージの設定をしてみた。設定画面のボタンを押す指が、わずかに震えたのはここだけの話である。

思えば昔、子どもの頃にも「お年玉を貯金すると利息がつく」という言葉に胸をときめかせたものだ。利息は数十円だったが、その数十円に未来を感じていた。今もやっていることは大差ない。額が3万円になっただけで、心の動きは小学生の頃とあまり変わらないのである。私は進歩しているのか、していないのか。

とはいえ、我が家には中学生と小学生と幼稚園児がいる。3万円あれば、あっという間に消える。サッカーのスパイクだの、絵の具セットだの、なぜか毎月のように「ちょっとした出費」が現れる。山分けの数千円で世界が変わるわけではないのだ。

それでも私は、2月は1,108円より少し多いかもしれない、と想像している。1,300円くらいだろうか。いや、もしかしたら1,500円かもしれない。そうやって勝手に皮算用をする時間が、案外いちばん楽しいのだと思う。

結局のところ、山分けでも人生でも、「多分」が一番ちょうどいい。期待しすぎず、でも少しだけ期待する。私は今日も3万円チャージの設定を確認しながら、来月の「多分」を待つのである。

説明はいつもどおり「 ソニー銀行の特徴をわかりやすく解説 金融ポイ活/ANAマイル派にもおすすめ 」でよんでください。大人はいちいち説明しないのだ。

給料日 ポイ活 給与振込キャンペーン還元の落とし穴と会社名振込の悲哀

今日は給料日である。

朝からなんとなくソワソワして、用もないのに銀行アプリを何度も開いてしまった。残高が増える瞬間というのは、いくつになっても少しうれしい。通知が来たときの、あの「チャリン」という音は、もはや私にとっては小さな祝砲なのだ。

ところが最近、ポイ活界隈では「給与振込で○○円還元!」というキャンペーンをよく見かける。給与と認識された電文で振り込まれると、数百円から数千円が戻ってくるらしい。働いたうえに還元まであるとは、なんとも景気のよい話である。

しかし、しかしだ。

私の会社からの振込は「キュウヨ」ではなく、きっちりと会社名で送られてくる。なんという真面目さ。なんという実直さ。結果として、私の口座に届くのはただの通常振込である。電文に「給与」と書いていないだけで、キャンペーンの対象外なのだ。

対象外。

この四文字は、子どものころにくじ引きで「はずれ」と書かれた紙を引いたときの気持ちに少し似ている。駄菓子屋で当たりが出なかった日の、あの妙な静けさ。私は大人になっても、同じような顔をしてスマホを見つめているのである。

そもそも、給料というのは働いた対価であって、それ以上を望むのは欲張りかもしれない。そう思いながらも、「還元」の文字を見ると心が揺れる。ポイントというのは不思議だ。実体はほとんどないのに、なぜか現金よりもお得な気がしてしまう。ポイントは、夜店の金魚すくいの金魚のようなもので、持ち帰ったはいいが、いつのまにか消えていることも多い。それでも欲しくなるのだ。

私は自分の浅ましさに少し笑ってしまう。会社に「電文をキュウヨにしてください」と頼む勇気もないくせに、心の中ではひそかに還元を夢見ている。なんとも小さい。

残高はちゃんと増えていた。ありがたい話である。けれども、どこかで「もし給与扱いだったら」と考えている自分がいる。人は手に入れたものより、手に入らなかった数百円のほうを思ってしまうらしい。困った性分である。

とはいえ、給料日はやっぱり悪くない。通帳の数字が増えるのを見ると、今月もなんとかやったなと思う。還元はないが、生活は続く。ポイントはつかないが、ごはんは食べられる。

まあいい。

還元がなくても、給料は給料なのである。

そう自分に言い聞かせながら、私は今日もせっせとアプリを閉じ、つかないポイントの代わりに、せめてスーパーの特売でも探そうと思うのだった。

Apple Pay対応でポイ活がざわつく朝 ワンバンクと私の小さな野望

今朝、通勤電車の中でスマホをぼんやり眺めていたら、愛用している家計簿アプリのワンバンクがApple Payに対応したという知らせが目に入った。2026年2月24日早朝かららしい。早朝と聞くだけで、なにやらできる会社の匂いがするのである。

VisaプリペイドカードをWalletに登録すれば、コンビニでスマホをかざすだけで決済できるという。しかも家族共有のペアカードもそのまま使えるらしい。私は思わず「ほう」と小さく声を出した。車内で「ほう」と言う40代男性は、だいたい株価か健康診断の結果を見ている人間である。

さらに心を揺らしたのは、Visaの「スマホで!タッチでVisa割キャンペーン」だ。1000円以上のタッチ決済ごとにルーレット抽選で100〜500円キャッシュバックが当たるという。ルーレット、と聞いただけで血が騒ぐのはなぜだろう。私はギャンブルをしないが、無料の抽選にはめっぽう弱いのだ。いわゆるポイ活勢が「激アツ!」と盛り上がる気持ちも、わからなくはない。

思えば昔、スーパーの福引きでポケットティッシュを三つも当てて誇らしげに帰宅したことがある。あのときも確率という名の神様に見放されていたのだが、私はなぜか勝者の顔をしていた。人間とは都合のいい生き物である。

ただし、旧デザインのカードは非対応で、新カードへの切り替えが必要らしい。ここで少しだけ現実に引き戻される。私の財布には、うっすら擦れた旧デザインカードが入っている。なんとなく愛着があるのだが、テクノロジーは愛着を考慮してくれない。登録が殺到してアプリが混み合っているという話もあり、世の中の皆が同じことを考えているのだと知ると、少し安心する。みんな、100円を取りにいっているのだ。

家計管理とポイント活動が一体化する時代。かざすだけで支払いが終わり、さらにルーレットが回る。なんとも忙しい世の中である。私はとりあえず、今夜コンビニで1000円を超えるように無理やりお菓子を足してみようかと思っている。節約のためのアプリで余計な出費をする。これを本末転倒と言うのだろうが、まあ、人生とはだいたいそんなものなのである。

三井住友カードVisa Infiniteで200万円納税?と所得税の現実にひるむ私の話

朝、コーヒーを飲みながらスマホを見ていたら、「三井住友カード Visa Infiniteで実質10万円以上黒字」という文字が目に飛び込んできた。
なんと3月までに200万円利用する予定がある人は、ポイントやら還元やらでウハウハらしい。しかも納税2%還元。200万円を申告納税する人なら、それだけでかなりのポイントがもらえるというのである。

すげー、と思った。

だが同時に、私は静かにスマホを置いた。
私の所得税が200万円もあるわけがないのである。

まず「200万円を納税する人」という言葉が、私の生活圏から完全に浮いている。
200万円といえば、私にとっては「ちょっといい軽自動車」くらいの金額だ。それが税金として消えていく世界。なんだその世界は。別の惑星か。

少し気になって、頭の中でざっくり計算してみた。
所得税200万円ということは、年収はいくらくらいなのだろうか。控除やら税率やらを細かく考えない、私なりの雑な計算でいくと、だいたい年収1,000万円を超えて、もっと上の方の人たちの話なのではないか、という気がする。
「上の方」と書いていて、自分が地面すれすれにいる感じがして少し悲しい。

そういえば子どものころ、年収1,000万円というのは雲の上の存在だった。
「一千万」という響きは、ほとんど「一億」と同じくらい遠かったのである。
駄菓子屋で30円のガムを買うかどうか真剣に悩んでいた私にとっては、1,000万円も1億円も、同じく“買えない金額”という点で大差なかった。

それが今は、カードのキャンペーンで200万円を納税してポイントをもらう世界がある。
世の中というのは広い。広すぎる。

しかし冷静に考えると、200万円を納税できるというのは、それだけ稼いでいるということだ。
税金が高いと嘆きながらも、それだけ払える余力があるわけである。
私はまず、払う税金の額を増やす心配をするより、払う税金が増えるほど稼げるかどうかを心配したほうがよさそうだ。順番が逆なのだ。

それにしても、ポイントが30,000円相当だの、100万円決済で10万ポイントだの、数字が大きすぎて、だんだんゲームのスコアみたいに見えてくる。
私の家計簿の「スーパー 4,382円」という現実味とは、ずいぶん距離がある。

「すげー」と思った気持ちは本物である。
だが同時に、「まあ関係ないな」と思う自分もいる。
この冷めた感じは何なのだろう。負け惜しみなのか、身の丈を知った大人の落ち着きなのか。たぶん前者である。

200万円納税する人はいくら稼いでいるのか。
答えはきっと、「私よりだいぶ稼いでいる人」なのだ。

結局のところ、私は今日もコーヒーを飲みながら、数百円のポイントに一喜一憂する生活を続けるのである。
でもまあ、それはそれで悪くない。

税金が200万円になる日が来たら、そのときは堂々とポイントをもらおう。
今のところは、スーパーの特売で黒字を目指すのが私のVisa Infiniteなのである。

 

アメックスビジネスゴールド特典とtsugitsugi(ツギツギ)1泊無料券の現実

先日、電子メールの海から「1泊無料券」という、なんとも甘美な響きのデータを取り出した。アメックスビジネスゴールドの特典でもらった、旅行サブスクtsugitsugi(ツギツギ)で使えるやつである。
私は40代の会社員。無料と聞けば、たとえそれが試供品の歯ブラシでも心が躍る年頃なのだ。

せっかくだから家族には内緒で、ひとりで東京のホテルにでも泊まってみようかと思った。家には妻と息子が三人。中学生は常にイヤホンをしており、小学生は常に何かをこぼし、幼稚園児は常に私の膝に乗ろうとする。父は常に座る場所がない。たまには、誰にも乗られないベッドで寝たいのである。

そう思って、1月以上先の東京都で検索してみた。
……3件。
しかも、よく見ると「これは本当に東京か?」と地図を拡大したくなる場所ばかりである。

私は思わず画面を二度見した。スマホの表示がバグっているのかと思い、Wi-Fiを切ってみたり入れてみたりした。だが、3件は3件のままだった。どうやら、これは幻ではなく現実らしい。

旅行サブスクという響きは、どこか「いつでもどこでも泊まれますよ」という顔をしている。だが実際は、人気のパン屋の売れ残りコーナーをのぞいている気分である。あればラッキー、なければそれまで。
これに毎月課金している人は、どれくらいの確率で「おっ」と思える宿に出会っているのだろう。もはや修行に近いのではないかと、他人事ながら心配になる。

とはいえ、無料券である。私は一円も払っていない。文句を言う立場ではないのだ。
むしろ「3件もある」と思うべきなのかもしれない。ゼロではない。人生と同じで、可能性はわずかに残されているのである。

結局その夜、私は自宅の布団で、幼稚園児に蹴られながら寝た。
無料の東京ホテルより、無料のキックのほうが現実味がある。
どうやら私の一泊無料は、まだ先の話らしい。

好決算なのに10万件減った話(ソフトバンク決算・PayPay・携帯乗り換え)

二月九日、私は朝のニュースを流し見しながら、なぜか前日の鍋の残りを温め直していた。特に理由はない。ただ冷蔵庫にあったからである。そんな気の抜けた状態で目に入ってきたのが、ソフトバンク株式会社の決算ニュースだった。

売上高は過去最高の五兆円超え。数字だけ聞くと、もう何をやっても勝ち続ける人生みたいでうらやましい。牽引役はPayPayを中心としたファイナンス事業や流通で、LINEヤフー傘下のアスクルはランサムウェア攻撃という災難に遭いながらも、メディアECは好調らしい。人生、なかなか一筋縄ではいかないのである。

モバイル事業も堅調で、ソフトバンクだのワイモバイルだのLINEMOだのを全部足すと、契約者は三千百九十六万件。数字が大きすぎて、もはや日本の人口なのか豆の数なのかわからなくなってくる。

ところが、である。直近三か月で十万件の純減と聞いて、私は鍋をかき混ぜる手を止めた。原因は「ホッピングユーザー」。つまり、ちょっと使ってすぐ去る人たちだ。昔は違約金だの手数料だので縛られていたのに、今は法改正で身軽になり、みんなフットワークがやたら軽い。

社長の「たくさん申し込む人はお断りする」という発言を聞きながら、私は昔、試食コーナーで何周もして店員に顔を覚えられた自分を思い出した。あれも一種のホッピングだったのだろうか。

結局のところ、お得を求めて動くのは人の性で、会社はそれに振り回され、国は眉をひそめる。私はといえば、今日も特に乗り換える予定もなく、鍋の残りを食べ終えただけだった。人生も契約も、なかなか解約しきれないものなのである。

眠くなったら寝る健康法|仕事とウェルビーイングと私の最強睡眠習慣

私の最大の健康法は、「眠たくなったら、すぐに寝る」という、拍子抜けするほど地味なものである。
夜、まぶたが重くなってきたら、どんな作業をしていようが「はい終了」と心の中で号令をかけて布団に入る。目覚まし時計も基本的には使わない。昼間も同じで、急に睡魔が来たら、できるだけ20分ほど目を閉じる。起きたときに世界が少しマシに見えたら、それで成功なのだ。

睡眠中の自分の治癒力を、私はかなり信用している。というか、起きている自分より、寝ている自分の方がよほど有能だと思っている節がある。起きている私は余計なことを考え、悩み、ネットを見てはどうでもいい情報を頭に詰め込むが、寝ている私は黙々と体と心を修復してくれる。文句も言わずに。

寝つきは驚くほど良い。ケータイをパタリと裏返すと、それが私の中の「睡眠スイッチ」になるらしく、次の瞬間には意識がない。サウナに入ったあとの夜などは特にひどく、布団に入った記憶すら怪しい。たぶん私は、サウナの湯気と一緒に魂が少し抜けている。

そんな私にも、人生で二度だけ眠れない時期があった。どちらも、先が見えない仕事のことで頭がいっぱいだった頃である。布団に入っても目だけが冴え、天井を見ながら最悪の想像を量産する。仕事の見通しが立った途端、あれほど頑固だった不眠が嘘のように消えた。人間の身体は、思っている以上に正直で、そして不思議だ。

人生のために仕事があるはずなのに、仕事のせいでウェルビーイングが削られていくのは、どう考えても割に合わない。
だから私は、普段から「たかが仕事」と自分に言い聞かせている。たかが、されど、ではあるけれど、眠れなくなるほど追い込む必要はない。仕事は一人で抱えず、できるだけ組織的に、みんなで支え合ってやるものなのだ。

さて、こんなことを書いているうちに、少し眠くなってきた。
今日も深い反省はせず、スマホを裏返して、さっさと寝ることにする。
健康法というのは、案外この程度でちょうどいいのだと思う。

アフィリエイト全盛期のブックマークフォルダとサーバーが見つからない人生

この前、パソコンの整理をしていたら、奥の奥から「アフィリエイト研究用」という名前のブックマークフォルダが出てきた。いかにも頑張っていた頃の私らしい、力の入りすぎたネーミングである。
当時はアフィリエイトで一旗揚げようと、本気だった。夜な夜なライバルサイトを巡回し、構成を見ては「なるほど」と一人でうなずき、記事の文字数を数えては無意味に焦っていた。

久しぶりにそのフォルダを開いてみた。すると画面いっぱいに並ぶ「サーバーが見つかりません」の文字。どれをクリックしても、ほぼ同じ結末である。まるで全員で示し合わせて消えたみたいで、少し笑ってしまった。
そういえば、あの頃は「この人たちは一生稼ぎ続けるんだろうな」と、勝手に思っていた。自分は稼げていないくせに、人の将来だけはやたら明るく見積もるのだから不思議である。

思えば、私のアフィリエイト人生も短かった。ASPにログインしなくなり、検索順位を気にしなくなり、いつの間にかブログの存在自体を忘れた。ダイエット器具と同じで、使わなくなる時はあっさりしている。
それでも、ブックマークだけは消さなかった。たぶん「頑張ってた自分」を残しておきたかったのだと思う。冷蔵庫の奥で化石化した調味料みたいなものである。

諸行無常とか栄枯盛衰とか、言葉にすると立派だが、実際は「みんなやめちゃったんだな」という、それだけの話なのだろう。検索アルゴリズムも時代も、人のやる気も、だいたい移ろいやすい。
1月の暮れ、静かな気持ちでタブを閉じながら、少しだけ寂しくなった。とはいえ、今さら復活させる気もない。
結局、ブックマークはそのまま残した。消すほどの覚悟も、活かすほどの情熱もない。そういうフォルダが一つくらいあってもいい気がしたのである。