私はふだん、そこまで野球に人生を預けている人間ではない。もちろん嫌いではないし、国際試合ともなれば気になってはくるのだが、毎日せっせと打率を追いかけたり、選手の登場曲まで覚えたりするほどの情熱はない。言ってしまえば、祭りがあれば顔を出す町内会の人くらいの気持ちで野球を見ているのである。
そんな私が今回、ずいぶん気持ちよくWBCの日本代表、侍ジャパンの試合を見てしまった。相手は台湾。東京ドームでの初戦である。結果は七回コールドの13対0。気持ちがいいにもほどがある。こちらがまだお菓子の袋をちゃんと開けきっていないうちに、もう二回で10点も入っていた。打者15人で7安打、一挙10点と聞くと、もはや攻撃というより引っ越し作業みたいである。ぞろぞろ出てきて、どんどん運び込んで、相手がぼうぜんとしているうちに部屋が埋まる。そんな勢いだった。
そしてやはり大谷翔平である。私は大谷を見るたびに、あまりにも出来すぎていて、少し作りものではないかという気持ちになる。二塁打を打ち、満塁ホームランを打ち、右前打も打って、3安打5打点である。人がひと晩でできることにも限度があるだろうと思うのだが、その限度というものを大谷はまるで気にしていないように見える。こちらはソファから立ち上がって飲み物を取るだけで「よいしょ」と声が漏れるのに、あちらは世界大会で満塁弾である。比べる相手が悪いにもほどがある。
しかも投げては山本由伸から5人の継投で、台湾を1安打零封である。打って派手、守ってきっちり。こういう試合を見ると、野球というのは本来ずいぶん整理されたスポーツなのだなと思う。点を取るべき人が取り、抑えるべき人が抑える。人生もこのくらい段取りよくいけばいいのだが、私の生活はだいたい洗濯機を回したあとで洗剤を入れ忘れたことに気づくような有様なので、侍ジャパンの整い方はまぶしすぎる。
それで今回の私の観戦には、もうひとつ、じつに現代的でこまごました事情があった。ワイモバイルのトライアルSIMを契約した上で、Netflixで無料鑑賞したのである。ここだけ聞くと、たいへん計画的で、デジタル時代をうまく泳いでいる人みたいだが、実際の私はそうでもない。無料とか限定とかお試しという言葉に、台所の隅を歩くアリみたいに吸い寄せられただけである。
昔から私は「今だけお得」に弱い。若いころも、店先に「ご自由にお持ちください」と書いてあると、別に欲しくもないチラシつきのポケットティッシュを必要以上にもらってしまった。あとでかばんの中がティッシュだらけになり、何のためにもらったのかわからなくなる。今回も少しそれに似ている。WBCを見たい気持ちと、無料で見られるなら見ておきたい気持ちが合体して、気づけばSIMを契約していた。野球を見ているのか、節約に興奮しているのか、自分でもよくわからないのである。
それでも、いざ試合が始まると、そんな細かいことはどうでもよくなった。点が入るたびに「おお」となり、大谷の満塁ホームランではちゃんと胸がどよめいた。無料だから感動も半額、ということはない。むしろ、人は「得をした」と思った状態で見る試合には、少しだけ機嫌よく向き合えるのかもしれない。たいへん小さい話だが、私のような人間にはその小さい機嫌のよさが案外大事なのだ。
考えてみれば、スポーツ観戦というのは不思議なものである。自分は一球も投げていないし、一塁まで一歩も走っていないのに、勝つとなんだかこちらまで立派になったような気がする。13対0で勝った夜などはなおさらで、私はただ画面の前でお菓子を食べていただけなのに、少しだけ世界に貢献したような顔で風呂に入った。ずうずうしいにもほどがある。
だが、そういうずうずうしさも含めて、こういう夜は悪くないのである。侍ジャパンは強いし、大谷はやはりすごいし、台湾戦はとてもエキサイティングだった。しかも私はワイモバイルのトライアルSIMとNetflixで、ちょっと得した気分まで味わっている。野球の感動という大きな話の横に、無料で見られたという小さな満足が並んでいるあたりが、なんとも私らしい。
結局、人は大きな勝利だけで生きているわけではなく、こういう「うまいこと見られた」という、どうでもいい喜びにもずいぶん支えられているのだと思う。侍ジャパンの快勝と、私のせこい達成感。その並びは少々情けないが、まあ、勝った夜くらいは何でもめでたいのである。