ホテルというのは、ふつう何度も泊まってはじめて「なんとなく勝手知ったる場所」みたいな顔ができるものだと思っていた。ところが私はこのたび、たった二回目にして、阪急アワーズインをうっすら定宿のように感じてしまったのである。人間のなれというのは実にいいかげんだ。
前回は出張で来た。仕事のついでの宿泊だったので、心はどこか落ち着かず、ホテルのことも「寝る場所」としてしか見ていなかった気がする。だが今回はちがう。今回は息子と二人旅である。しかも春休みだ。旅の空気が最初から少しだけ浮かれている。とはいえ、浮かれているのは主に息子のほうで、私のほうはマイルを使うときのあの、うれしいのか惜しいのかわからない気持ちを胸に、静かに東京へ向かったのである。虎の子のANAマイルを、えいっと放出したのだ。
息子はANAのブルーハンガーツアーというものに参加したかったらしい。私は最初、その名前を聞いたとき、青い格納庫を見るだけでそんなに心が躍るものなのかと思った。だが子どもにとって飛行機というのは、ただの乗り物ではないらしい。大人が思うよりずっと、夢とかロマンとか、そういう少し大げさなものがくっついている。私だって子どものころは工場見学とか、普段は入れない場所に入るだけで妙に興奮した。今でも「関係者以外立入禁止」と書いてあると、関係者でもないのに少し気になるのだから、人間の本質はたいして変わらないのかもしれない。
今回はツインルームだった。前回は一人で気楽だったが、ツインになると急に「旅」という感じがする。ベッドが二つ並んでいるだけで、ちょっとちゃんとしたことをしている気分になるのだから不思議だ。息子は部屋に入るなり、自分の寝る側をすばやく決めていた。こういうところだけは判断が早い。家で「早く片づけなさい」と言うと石のように動かないのに、ホテルのベッドの位置決めだけは風のようである。
それにしても、前回からあまり日が開いていないせいか、私はこのホテルの廊下やエレベーターを見ただけで、妙に「帰ってきた」ような気持ちになってしまった。二回目で帰ってきたも何もない。向こうからすれば、知らない客がまた来ただけである。なのにこちらは勝手に親しみを抱いているのだから、少々ずうずうしい。店で二回目に行っただけで常連顔をしそうになる自分を、私はときどき心の中で取り押さえている。
そんな勝手な親近感も手伝って、今回はおふろの王様に入って疲れをいやそう、と最初から決めていた。こういう「今回はこれをやる」がある旅は少し楽しい。大人になると、観光名所よりも風呂のほうが魅力的になってくるのが何とも言えない。若いころは旅といえば、見て、食べて、動き回るものだった気がするが、今はまず「どこで休めるか」に目がいく。年齢というのは、おそろしいほど正直に行動へ出る。
湯につかっていると、息子は明日のツアーのことを考えているのか、いつもより少しだけしゃんとして見えた。そういう顔を見ると、わざわざ東京まで来たかいがあったなと思う。マイルも減ったが、それはもう仕方がない。マイルというのは、ためているときが一番えらそうで、使うと急に心細くなる不思議な数字である。でも使わなければ、ただの数字のままだ。
息子との二人旅なんて、いつまでできるのかよくわからない。子どもはそのうち親と出かけるより、自分の世界のほうが忙しくなるだろう。そう思うと少ししみじみするが、しみじみしすぎるのも私らしくないので、ひとまず風呂上がりにのんびりできたことを喜ぶことにした。
たった二回目の阪急アワーズインは、やはりまだ定宿ではない。ないのだが、こちらが勝手にそう思って少し安心しているのだから、それでいいのである。旅の満足なんて案外そんなもので、立派な思い出より、見覚えのある廊下と大きい風呂があれば、もう十分なのだと思う。

