このところ、携帯の話といえば料金より本人確認である。なんだか世の中、だんだん「はい、あなた本当にあなたですか」と聞いてくる場面が増えた気がする。私は別にやましいことはないのだが、聞かれると少しだけうろたえる。人はなぜ、正しいことをしていても確認されると小さくなるのか。不思議なものである。
昨日、2026年3月24日に、携帯電話不正利用防止法の改正案が閣議決定されて国会に提出されたという話を見た。内容はわりとまじめで、これまで音声SIMでは必要だった本人確認を、データ通信専用SIMにも広げること、それから「個人が使うには多すぎる回線数」を契約しようとしたら、事業者が断れるようにする、というものらしい。いまのところ具体的な上限数はまだ出ておらず、今後の省令などで決まる見込みだという。背景には、SNS型投資詐欺やロマンス詐欺でデータSIMが悪用されてきたことがある。なるほど、たしかに穴はふさぎたくなる。穴というのは、たいてい善良な人より先に、妙に手際のいい人が見つけるものなのである。
昔の私は、この「回線」という言葉に、今よりずっと胸をときめかせていた。MNPのキャンペーンを見ると、まるで秋のさんまを見た猫のように目つきが変わったものだ。乗り換えればポイント、契約すれば還元、翌月にはまた別の店で特典。世の中には、地道に働いてお金を得る人と、週末に家電量販店を巡って謎の達成感を得る人がいるが、私はかなり後者に寄っていたと思う。
もちろん、当時から大手各社には個人名義5回線前後の制限運用があった。ドコモは2009年に原則5回線までとし、auも現在、同一名義のスマホ・携帯電話を累計5回線までとしている。だから無限に増やせたわけではない。ただ、データSIMのほうは法的には抜けていたので、そこに時代のすき間風が吹いていたのだろう。すき間風は寒いが、好きな人には追い風でもあったのだ。
とはいえ、最近は私もだいぶ丸くなった。若いころのように、案件の終了日と開通日とポイント付与日をノートに書きつけて暮らすことはなくなった。あの頃の私は、携帯を使っていたというより、携帯に使われていた気がする。回線の管理表だけがやけに整っていて、部屋は散らかっていた。人間としての優先順位が少しおかしい。
それで今は「もうMNPもほどほどだなあ」と、しみじみ思うのである。法改正の流れを見ても、これからはデータSIMを大量に回してうまいことやる、みたいな昔ながらの遊び方は、かなりやりにくくなりそうだ。普通に1〜2回線の人には大きな影響は少ないだろうが、複数回線を抱えていた人ほど、ああ時代が閉じていくな、と思うのではないか。
……などと、引退した名選手のような顔で回顧してみたのだが、冷静に数えてみると、私はいまでも5回線ある。
ほどほどとは何か。
世間の感覚では、スマホは1人1台か、せいぜい仕事用と私用で2台くらいだろう。それなのに私は、もう落ち着いたみたいな顔をしながら5回線持っている。これは「節度ある生活」ではなく、「昔よりは暴れていないクマ」に近い。たしかに山は下りてきていないが、クマはクマなのである。
だからこのニュースを見て、少しだけ背筋が伸びた。私のような者が笑い話で済んでいるうちに、世の中はちゃんと線を引こうとしている。まっとうである。まっとうすぎて、ちょっと耳が痛い。でも、5回線持ちが「最近はほどほどです」と言うのも、なかなか味わい深い。人は自分に甘いし、私はとくにそうなのだと思う。
結局、ポイ活も回線も、ほどほどが一番いいのだろう。そう思いながら、今日も私は5つのSIMのことを、だいたい把握している。だいたい、というところが、いちばん危ないのかもしれない。
ちなみに、ちょっと古いデータかもしれないが、MNPしたことがないという人がネットユーザーでも5割、ドコモユーザーに限れば8割以上だという(参考:MNPをしているユーザーはネットユーザーでも50%程度)