春になると、なぜか私は陶器を買いたくなる。冬のあいだは百均の皿で何の不満もなくカレーを食べていたくせに、少し暖かくなると急に「暮らしを整えたい」などと思い出すのである。人間というのは、気温が上がるだけでずいぶん偉そうになる。
そんなわけで、福岡県福智町で開かれた「第52回 上野焼 春の陶器まつり」へ行ってきた。上野焼は国指定の伝統的工芸品で、約420年の歴史があるという。420年。もう数字が大きすぎて、途中から年齢というより縄文土器の親戚みたいに感じてくる。
会場は上野の里ふれあい交流会館、上野焼陶芸館を中心に、参加窯元もまわる形である。私は行く前から少し得意げだった。「今日は上野焼を見に行く」と、心の中で何度も言っていたのだが、その読み方をずっと「うえのやき」だと思っていた。
ところが現地で案内を見たり、まわりの人の会話を聞いたりしているうちに、どうやら「あがのやき」と読むらしいことに気づいた。私は心の中で静かに倒れた。声に出して誰かに「うえのやきっていいですねえ」などと言う前で本当によかった。危うく、420年の歴史に対して、読み方から失礼を働くところであった。
考えてみれば、地名や焼き物の名前というのは、こちらの都合では読ませてくれない。人の名前と同じである。小学生のころ、初対面の同級生の苗字を堂々と読み間違えて、しばらく妙な空気になったことを思い出した。あの時も私は「漢字って、もう少し協力的であってほしい」と思った。今思えば、協力的でないのは私の知識のほうである。
まつりでは、上野焼の商品が20%オフで並んでいた。20%オフという言葉は、私の財布に向かって小さな太鼓を叩く。普段なら「高いな」とそっと戻すような器も、「今日は特別価格だし」と言い訳ができる。言い訳というのは、買い物における最高の調味料なのだ。
茶碗や皿、急須、小物がずらりと並んでいて、ひとつひとつ表情が違う。落ち着いた色合いのもの、土の感じが残っているもの、持つと手にしっくりくるもの。私はそれらを見ながら、「これでご飯を食べたら、納豆も少し品よく見えるのではないか」と思った。納豆のほうは何も変わっていないのに、器の力を借りて出世させようとしているのである。
窯元巡りも楽しかった。作る人が違うと、同じ上野焼でも雰囲気が変わる。おとなしい人、少し気難しい人、やさしい人みたいに、器にも性格があるように見えた。私は人間相手だと緊張するくせに、器相手だとやたら話しかけるような気持ちになる。「君は煮物向きだね」などと心の中で言っていた。完全に怪しい客である。
スタンプラリーもあり、私はこういうものに弱い。集めると何かが当たるかもしれない、というだけで急に足取りが軽くなる。普段の散歩ではすぐ疲れるのに、スタンプが絡むと別人のように歩ける。人間の体力は、目的ではなく景品で動くのかもしれない。
途中でキッチンカーの匂いにも負けた。陶器を見に来たはずなのに、胃袋はすぐに別行動を始める。美しい器を見て「侘び寂びだなあ」と思った数分後に、食べ物の前で「うまそう」としか考えられなくなるのだから、私の中の文化レベルはなかなか忙しい。
お茶体験もあり、上野焼の器でお茶を楽しめるというのがよかった。器が違うと、お茶まで少し立派に感じる。私が家で飲むお茶は、たいていマグカップに入った現実味の強い液体だが、ここで飲むお茶はちゃんと時間を持っている感じがした。お茶に時間があるというのも変な話だが、そう思ったのである。
結局、私は小さめの器をひとつ買った。大物を選ぶ勇気はなかったが、これくらいなら私の生活にも入ってきてくれそうだった。帰り道、その器を袋の中で大事に抱えながら、私はもう二度と「うえのやき」とは読まないぞと思った。
ただ、家に帰ってその器を見た時、読み間違いをしていた私にも、ちゃんと受け入れてくれるような静けさがあった。上野焼、いや、あがのやきは懐が深い。
420年の歴史に比べれば、私の勘違いなど湯のみの底に残ったお茶くらいのものだ。そう思うと少し安心した。これからはこの器でご飯を食べ、たまに読み方を思い出して一人で恥ずかしくなることにしよう。伝統工芸との付き合い方としては、たぶんかなり庶民的で、私にはちょうどいいのである。

