私の最大の健康法は、「眠たくなったら、すぐに寝る」という、拍子抜けするほど地味なものである。
夜、まぶたが重くなってきたら、どんな作業をしていようが「はい終了」と心の中で号令をかけて布団に入る。目覚まし時計も基本的には使わない。昼間も同じで、急に睡魔が来たら、できるだけ20分ほど目を閉じる。起きたときに世界が少しマシに見えたら、それで成功なのだ。
睡眠中の自分の治癒力を、私はかなり信用している。というか、起きている自分より、寝ている自分の方がよほど有能だと思っている節がある。起きている私は余計なことを考え、悩み、ネットを見てはどうでもいい情報を頭に詰め込むが、寝ている私は黙々と体と心を修復してくれる。文句も言わずに。
寝つきは驚くほど良い。ケータイをパタリと裏返すと、それが私の中の「睡眠スイッチ」になるらしく、次の瞬間には意識がない。サウナに入ったあとの夜などは特にひどく、布団に入った記憶すら怪しい。たぶん私は、サウナの湯気と一緒に魂が少し抜けている。
そんな私にも、人生で二度だけ眠れない時期があった。どちらも、先が見えない仕事のことで頭がいっぱいだった頃である。布団に入っても目だけが冴え、天井を見ながら最悪の想像を量産する。仕事の見通しが立った途端、あれほど頑固だった不眠が嘘のように消えた。人間の身体は、思っている以上に正直で、そして不思議だ。
人生のために仕事があるはずなのに、仕事のせいでウェルビーイングが削られていくのは、どう考えても割に合わない。
だから私は、普段から「たかが仕事」と自分に言い聞かせている。たかが、されど、ではあるけれど、眠れなくなるほど追い込む必要はない。仕事は一人で抱えず、できるだけ組織的に、みんなで支え合ってやるものなのだ。
さて、こんなことを書いているうちに、少し眠くなってきた。
今日も深い反省はせず、スマホを裏返して、さっさと寝ることにする。
健康法というのは、案外この程度でちょうどいいのだと思う。