ChatGPTと保険会社と「知識の武装」――AI時代に崩れる情報格差という小さな革命

最近、なんとなくニュースを眺めていたら、日本生命がアメリカでChatGPTを作っているOpenAIを訴えたという話を見かけた。

理由はなかなか面白い。
保険の元受給者がChatGPTに相談して「和解を破棄できるかもしれない」という助言を受け、それを元に訴訟を起こしてきたらしいのである。

つまり、日本生命の言い分をざっくり言うとこうだ。

AIが弁護士みたいなことをしたせいで、面倒な訴訟に巻き込まれた。

ということらしい。

法律の細かい話は、正直よくわからない。
私は法律の話を聞くと、だいたい途中で頭の中が「条文」という名の霧に包まれてしまうタイプの人間なのである。

ただ、このニュースを見ていて、妙に気になることがあった。

それは「知識の武装」というやつだ。

世の中というのは、かなり長い間、知識を持つ人が強い仕組みで回ってきたと思う。

弁護士、医者、税理士、金融の専門家。
そういう人たちはもちろん努力して資格を取っているわけだが、同時に「知っている」というだけで圧倒的に有利でもある。

たとえば保険の契約書なんて、普通の人は読んでもほとんど理解できない。
文章が長くて、言葉がやたらと堅い。

あれはもう、読める人だけ読めばいいという雰囲気がぷんぷんする。

私は昔、携帯の契約書を読もうとして三行で眠くなったことがある。
あれは読書というより、睡眠導入剤に近いのではないかと思う。

だから世の中はたいてい、こうなる。

よくわからない人は
「まあプロが言うならそうなんだろう」
と納得してしまうのである。

私もだいたいそのタイプだ。

ところが最近は、様子が少し変わってきた。

わからないことがあったら、とりあえずAIに聞く。
すると、ものすごく丁寧に説明してくれる。

しかも怒らない。
同じ質問を三回しても怒らない。

これはすごいことである。

昔なら、
「そんなことも知らないんですか」
という顔をされるところなのだ。

AIはそういう顔をしない。
顔がないからである。

これは地味にありがたい。

だから今回のニュースも、見方によってはちょっと象徴的だ。

これまでなら、元受給者は
「もう和解したし仕方ないか」
で終わっていたかもしれない。

でも今回は
「ちょっと待てよ」
と思った。

そしてAIに聞いた。

それで理屈を手に入れてしまった。

これが、日本生命にとってはかなり厄介だったわけだ。

もちろんAIの回答が全部正しいとは限らない。
むしろ、けっこう間違う。

私もAIに聞いたレストランに行ったら、三年前に閉店していたということがあった。

あれはなかなかの徒労感だった。

しかし、それでも一つだけ確かなことがある。

知らないままではなくなる。

これは大きい。

昔から、知識というのは少しずつ平らになってきた。

活版印刷ができて、本が広がった。
インターネットができて、検索ができるようになった。

そして今、AIが説明してくれるようになった。

もしかすると今起きているのは、知識の民主化みたいなものなのかもしれない。

……と、ここまで考えてみたが、私はふと気づいた。

知識がいくら手に入っても、行動するかどうかは別問題なのである。

私はAIに健康のアドバイスを聞くが、だいたい三日で忘れる。

つまり人間というのは、知識より先にめんどくささに負ける生き物なのだ。

そう考えると、AIがどれだけ賢くなっても、世界はそこまで劇的には変わらない気もしてきた。

人間がだいたい、だらけているからである。

まあ、それならそれで、AIも少しは安心するのではないかと思うのだ。

ソフトバンク iPad A16 月額160円レンタルが過去最安だった話

最近、ソフトバンクの「iPadが月160円」という話を見かけて、私は思わず二度見してしまった。
月160円である。

160円といえば、自動販売機のジュースと同じくらいの値段だ。ジュースを飲むか、iPadを持つか。なんだか選択肢としておかしい気もするが、数字だけ見るとそういうことになる。世の中というのは時々、変な比較を生み出すものなのである。

実は私は、このセールにすでに一度飛びついた人間である。
前々回のセール、つまり「月300円」のときだ。

そのときも「安いなあ」と思った。iPadが月300円。これもだいぶ意味がわからない。
私はそのとき、ちょっとした興奮状態で申し込みボタンを押した記憶がある。

人間というのは不思議なもので、「安い」と思った瞬間、冷静な判断力がどこかへ行く。
私の場合、その判断力はたいてい冷蔵庫の奥あたりに置き忘れられている。

とはいえ、その300円のセールもかなり人気で、期間中に売り切れになった。
「やっぱりみんな考えることは同じなんだなあ」と妙に安心したものである。

ところが今回。
なんと月160円。

私は一瞬、自分の契約書を見直した。
「え、私300円払ってるんですけど?」
と、誰に言うでもなく心の中でつぶやいた。

まあ、こういうことは人生にはよくある。
昨日買ったものが今日安くなる。
昨日食べたラーメンのほうが高かった。
そういう小さな敗北を、人は静かに飲み込んで生きていくのである。

ちなみにこの160円の仕組みは、わりと単純だ。

iPad(A16)128GBの通常価格は105,840円。
しかしスプリングセールの新規契約割引で43,920円引きになる。

さらに「新トクするサポート+」を利用して2年間使い、最後に返却する。
そうすると、実質の端末負担額は3,840円。
つまり月160円になるわけだ。

この手の仕組みは、最初はちょっとややこしく感じる。
私は最初、「なにか見落としているのではないか」と疑った。
世の中そんなに甘くないのではないか、と。

しかし調べてみると、iPad(A16)は特典利用料が無料に設定されている。
つまり返却時に最大22,000円みたいな料金が発生しない。

破損などがなければ、普通に返すだけでいいらしい。

この「破損がなければ」という条件を見たとき、私は少しだけ自信がなくなった。

なぜなら私は、わりと物を落とすタイプの人間だからである。

スマホも落とす。
財布も落とす。
家の鍵も落とす。

この調子だと、iPadもいつか落とすのではないか。
そんな未来がうっすら見える。

とはいえ、月160円という数字を見ると、細かい心配はどこかへ飛んでいく。
人間はだいたい、数字に弱いのである。

しかも前回のセールは550円、前々回は300円だった。
つまり今回が「過去一番安い」。

こういう言葉を見ると、また心がざわつく。
限定。
過去最安。
売り切れ。

この三つがそろうと、人はだいたい急ぐ。
冷静な人でも、少しだけ急ぐ。

そして私は思う。
もしまた次回のセールが来て、月80円とかになったらどうしよう、と。

そのとき私はきっとまた、契約書を見ながら小さくつぶやくのだろう。

「私、300円なんですけどね」

まあ、そんなことを言いながら、今日もそのiPadで動画を見ている。
結局のところ、使っている本人が満足していれば、それでいいのかもしれない。

そう思うことにしているのである。

マックスバリュエクスプレス福岡出店とWAON・iAEON攻略はじめました

近所にマックスバリュエクスプレスができたのである。
徒歩2分。信号にもひっかからない距離だ。これはもう、ほぼ冷蔵庫の延長である。

これまで福岡市民としての私のスーパーといえばサニーだった。
特売のチラシを眺め、「今日はこれが安いのだ」と納得しながら買い物をするのが長年の流儀である。サニーはなんというか、安心感がある。実家のちゃぶ台みたいな存在なのだ。

ところが急に、イオン系の刺客がやってきた。
マックスバリュエクスプレス。スーパー未満コンビニ以上、といった顔をしている。店内はそこまで広くない。品ぞろえも「なんでもある!」とは言えない。だが、たいていの物はちゃんとある。この“たいてい”というのが、実に絶妙なのだ。

牛乳もある。卵もある。冷凍食品もそこそこある。
「まあ、これでいいか」と思わせる力がある。徒歩2分という距離が、すべてを正当化してしまうのである。

問題は、支払いだ。

私はこれまでWAON系をまったく使ってこなかった。
正直に言うと、なんとなく避けていた。理由は特にない。ただ、新しい仕組みを覚えるのが面倒だったのである。ポイント界隈はすでにクレカ積立で頭がいっぱいなのだ。これ以上、脳みその引き出しを増やしたくなかった。

しかし「お得」と聞くと、話は別である。
お得という言葉は、私の理性を軽く飛び越えてくる。気づけば今日はiAEONのアプリをダウンロードしていた。指は正直だ。

だが、ここで早くもつまずく。
WAONとiAEONの違いがよくわからないのである。

カードなのか。アプリなのか。ポイントなのか。
それぞれがそれぞれを名乗っていて、関係性がぼんやりしている。親戚が多すぎる家系図のようだ。誰が本家で誰が分家なのか、私にはまだ見えていない。

レジ前であたふたする未来が、うっすら見える。
「ポイントカードはお持ちですか」と聞かれ、スマホを出し、どのバーコードを見せればいいのか迷い、後ろに人が並ぶ。ああ、想像しただけで汗が出る。徒歩2分の気楽さが、一瞬で消えるのだ。

それでも、せっかく近所にできたのだから、うまく付き合っていきたいと思う。
生活圏というのは、じわじわと変わるものである。昔はサニー一択だった私も、いまやアプリをダウンロードするところまで来た。人は意外と簡単に宗派を変えるのだ。

とりあえず、今日はアプリを入れただけで満足している。
まだ何も得していないが、気持ちだけは前向きだ。

頑張ろう、と小さく思う。
徒歩2分の未来のために、私はWAONの勉強を始めるのである。
どうせまた、ポイントに振り回されるのだろうけれど。

みんなも一緒に勉強しよう(笑)
参考: 福岡で急増中!マックスバリュエクスプレスをお得に使い倒す攻略法とイオンペイ決済ルート

深夜チャーハンと受験生と「セイシュンの食卓」おかたまチャーハンの復刻レシピの話

夜というものは、だいたい静かである。
特に受験生のいる家の夜は、わりと妙に静かだ。

うちの息子も受験生なので、夜になると机に向かっている。向かっている、という表現が正しいかどうかは微妙であるが、とにかく机の前には座っているのである。親としてはそれだけでも「まあいいか」と思うことにしている。

そんな静かな夜中、台所で水を飲もうとしていたら、息子がぼそっと言った。

「おなかすいた。なんか作って」

受験生というのは、なぜ夜中に腹が減るのだろう。
昼間に三食きちんと食べているはずなのに、勉強と空腹はなぜかセットでやってくるのである。

私は一瞬、「インスタントラーメンでいいじゃないか」と思った。
思ったが、冷蔵庫を開けるとラップに包まれたご飯がぽつんと入っていた。

こういうとき、人は妙にやる気を出すものだ。

「よし、チャーハンでも作るか」

といっても、立派なチャーハンではない。
私の中でチャーハンといえば、ある特定のものなのである。

その名も「おかたまチャーハン」。

これは私が大学生のころ、人生で初めての一人暮らしを始めたときに知った料理だ。
当時、母が「これ、あんた好きそうだから」と言って、なぜか漫画を一冊置いていった。

それが「セイシュンの食卓」という本だった。

料理本なのに漫画なのである。
しかも出てくる料理は、やたらと雑である。

学生の部屋にある材料だけで作れるような料理ばかりで、今思えばかなりいいかげんなレシピなのだが、当時の私はそれを大いに気に入った。

中でもよく作ったのが、この「おかたまチャーハン」だった。

作り方は驚くほど単純である。

ご飯。
卵。
かつおぶし。
醤油。
塩コショウ。

以上。

「これで本当に料理なのか」と言われそうな材料だが、フライパンで炒めるとそれなりにチャーハンっぽくなるのだから不思議なものである。

大学生のころの私は、これをよく夜中に作って食べていた。
お金がないので具など入らない。
ネギすらない。

今思うと、栄養のことなど一切考えていない食生活である。

しかし若いというのは恐ろしいもので、そんなものでも十分に生きていけたのである。
むしろ「うまい」と思っていたのだから、人間の味覚というのはかなりいいかげんだと思う。

そんなことをぼんやり思い出しながら、私はフライパンでご飯を炒めた。
卵を落とし、かつおぶしをばさっと入れて、醤油をたらす。

ジュワッという音がして、台所に懐かしい匂いが広がった。

私はちょっとだけ、「おお、これこれ」と思った。
四十を過ぎた人間が深夜にそんなことで感動しているのだから、人生というのはだいぶ丸くなるものだ。

皿に盛って息子に出すと、彼はわりと勢いよく食べた。

「うまい」

と言いながら、もりもり食べている。

受験生というのは、味の細かいことをあまり気にしない生き物らしい。
それとも本当にうまかったのかもしれないが、そのへんはよくわからない。

ただ、食べている息子を見ながら、私はちょっと不思議な気分になった。

大学生のころ、夜中にこのチャーハンを作っていた私。
そして今、受験生の息子のために同じチャーハンを作っている私。

時間というものは、だいたい静かに流れていく。
気づいたら四十を過ぎている。

昔は「セイシュンの食卓」を読んでいる側だったのに、今では完全に「深夜にチャーハンを作る親」の側なのである。

まあ、人生というのはそういうものなのだろう。

それにしても、あの漫画のレシピが二十年以上たってまだ役に立っているとは思わなかった。

青春というのはとっくに終わった気がしていたが、どうやらフライパンの中には、まだ少し残っていたらしい。

もっとも、それがかつおぶしの香りなのか青春なのかは、正直よくわからないのである。

WBC・Netflix無料視聴とワイモバイル30GBトライアルSIMという、なんだかズルい節約の話

このあいだ、ぼんやりニュースを眺めていたら、ちょっと妙なことに。

元記事:ワイモバイルが「トライアルSIM」を開始。30GBが3ヶ月無料、事務手数料0円で試せる仕組みを解説 

WBCがNetflixで独占配信される、という話を見て、「ああ、またサブスクが増えるのか」と、私は軽くため息をついた。最近の私は、サブスクの数が多すぎて、もはやどれを契約しているのか自分でもよくわからない状態になっている。
こういうのはだいたい、最初は「無料期間だけ」と思って入るのである。
しかし気づくと一年くらい払っている。これは人類の七不思議のひとつだと思う。

ところが、ニュースをよく読んでみると、ちょっとおもしろい仕組みがあった。

ワイモバイルの「トライアルSIM」というものが出ていて、30GBの回線が3ヶ月無料らしい。
しかも事務手数料も0円。
そして、その契約者向けにNetflixが3ヶ月実質無料になるキャンペーンがある。

つまり。

回線も無料。
Netflixも無料。

おまけに30GBの通信付き。

なんだか計算が合わない気がするが、どうやら本当に無料らしいのである。

私はこういう話を聞くと、なぜか少し興奮する。
節約が好きというより、「システムの隙間」を見つけたような気持ちになるからだ。

昔、スーパーで半額シールを見つけたときの気持ちに少し似ている。
本当はただ安いだけなのに、なぜか勝った気がするのである。
人間とは実に単純な生き物だ。

ちなみに計算すると、本来かかる費用はだいたいこんな感じらしい。

・契約事務手数料 3,850円
・月額料金(4,158円×3ヶ月)
・合計 約16,000円

これが全部0円になる。

私は思った。
「もしかして、WBCを無料で観る裏技なのではないか」と。

もちろん、公式キャンペーンなので裏技ではないのだが、気分的にはかなり裏技っぽい。
なにしろ、通信会社が「どうぞ3ヶ月使ってください」と言っているのである。
こんなに優しい世界があるだろうか。

ただし、この手の話にはだいたい落とし穴がある。
人間はタダという言葉に弱いのである。

たとえば昔、私は「1ヶ月無料」という動画サービスに入ったことがある。
当然、1ヶ月で解約する予定だった。

しかし人間というのは、解約を後回しにする生き物なのだ。
結果として、気づいたときには半年経っていた。
その間、ほとんど見ていない。

私はそのとき、「これは動画ではなく、寄付なのではないか」と思った。
まったく徳を積んだ覚えはないのに、不思議である。

だから今回も、3ヶ月無料と言われても油断はできない。
4ヶ月目になると、普通に料金が発生する。
人間はだいたいその頃には忘れているのだ。

それでも、30GBの回線を無料で試せるというのは、なかなか太っ腹だと思う。
電波の入り具合を試す人もいるだろうし、副回線として使う人もいるだろう。

そして、私のように

「無料でNetflixが観られるなら…」

と、妙な計算を始める人もいるのである。

最近思うのだが、世の中はこういう「キャンペーンの組み合わせ」でできている気がする。
スマホ料金、ポイント、サブスク、還元。

全部をパズルみたいに組み合わせると、たまに「ほぼ無料」が完成する。

ただ、そのパズルを完成させるために、ものすごく時間を使っている気もする。

もし時給で計算したら、普通に払ったほうが安いのではないか。
そんな疑問が、ふと頭をよぎる。

しかし私は、その計算をあまり深く考えないようにしている。

世の中には、知らないほうが幸せなこともあるのだ。

それに、こういう「ちょっと得した気分」というのは、案外バカにできない。

結局のところ、人間はタダが好きなのである。

私も例外ではない。

だからきっと、またこういうキャンペーンを見つけては、
「お、これは無料じゃないか」と小さく喜ぶのだと思う。

そしてそのたびに、
「自分は節約家なのか、それともただのケチなのか」

少しだけ考えるのである。

TikTok Lite キャンペーン 14日間チェックイン5000円未達の記録

最近、私の中でちょっとした祭りが起きていた。

その名も、TikTok Liteのキャンペーンである。

なんとアプリを入れて、14日間、毎日チェックインボタンを押すだけで5000円相当のえらべるPayがもらえるという。動画を作れとも言われない。踊れとも言われない。ただ開いて、押す。それだけなのである。

世の中、こんなにやさしくていいのだろうか。

しかも紹介した側にも特典があるらしい。私はすぐに頭の中で計算を始めた。まずは私が人柱になる。そして無事に5000円を手にした暁には、満を持して妻に紹介する。夫婦で1万円。なんなら将来、子どもができたらその子にも。気が早いにもほどがある。

私は小さく、ほくそ笑んだ。

平日は順調だった。通勤電車の中で、吊り革につかまりながらチェックインボタンを押す。カチッ。たったそれだけで、なぜか自分が一歩、資産形成に近づいた気がするのだから不思議だ。実際には何も形成していないのに。

問題は土日である。

土曜日は危なかった。夜になってから、布団に入る直前に「あっ」と声が出た。危機一髪である。眠気と戦いながらアプリを開き、どうにかチェックイン。私は自分を褒めた。こういう小さな努力が5000円になるのだ、と。

そして日曜日。

きれいさっぱり忘れた。

月曜の朝、いつものように誇らしい気持ちでアプリを開くと、「未達成」の文字が、やけに元気よく表示されていた。あんなに小さなボタンなのに、未達成の三文字はやけに大きい。

私はしばらく画面を見つめた。14日間のうちのたった1日。たった1回、押し忘れただけである。それなのに、私の中の5000円は音もなく消えた。

人は大金を失うより、手に入るはずだったお金を逃したときのほうが、妙に悔しいのだと思う。宝くじは買っていないのに、「あの番号を選んでいれば」と言っている人の気持ちが、少しわかった気がする。

それにしても、私は何をやっているのだろう。

チェックインボタンを押すだけの人生設計。しかもそれすら忘れる。人柱どころか、ただのうっかり柱である。妻に紹介する計画は、そっと胸の奥にしまった。

でもまあ、考えてみれば、たった5000円である。いや、たったではないが、命まで取られるわけではない。私は今日も会社へ向かい、ちゃんと働く。ボタンを押し忘れても、仕事は忘れない。たぶん。

そう思うと、少しだけ気が楽になった。

次に同じキャンペーンを見つけたらどうするか。

そのときはきっと、「今度こそ」と言いながら、またアプリを入れるのだろう。人は学ばない生き物なのである。

AIエージェント時代の自動情報化社会で、真実はどこへ行ったのか問題

最近、AIがすごいらしい。らしい、というのは、私がその「すごさ」を全部理解しているわけではないからである。調査もする、原稿も書く、デザインまでやる。しかも今はエージェントとやらを使って、ほとんどのタスクを自動化できるという。人間は何をするのかといえば、たぶん「すごいなあ」と言う係なのだと思う。

思えば、ChatGPTが出たときも同じように驚いた。文章が一瞬で出てくる。しかも、それっぽい。私は試しに「やる気が出ない理由」と入力してみたら、妙に整った文章が出てきた。正論ばかりで、ぐうの音も出なかった。やる気が出ない理由を知ったところで、やる気が出るわけではないのだが、そこはAIもさすがに面倒を見てくれないらしい。

最近では、一次情報を作っている人たちも当然AIを使っているそうだ。研究者も、記者も、デザイナーも。みんなAIと一緒に何かを作っている。そのAIが作ったものを、今度はAIライターがニュース記事にする。そして、その情報をAIキュレーターがまとめる。まるでコピー機でコピーした紙をさらにコピーしているみたいである。だんだん文字が薄くなっていく、あの感じだ。

ここで私はふと立ち止まる。あれ? 真実はどこにあるのだろうか、と。

子どものころ、伝言ゲームという遊びがあった。最初の人が言った言葉が、最後にはまったく違う言葉になっている。私はなぜかいつも途中で変なアレンジを加えてしまう側の人間だったので、犯人はだいたい私である。今思えば、あれは人間版AIキュレーションだったのかもしれない。余計なことを足すな、と当時の私に言いたい。

しかし、AIの場合、誰がアレンジしたのかもわからない。最初の情報がどんな顔をしていたのか、もう見えない。きれいに整えられ、読みやすく加工され、角が取れている。まるで、みかんの白い筋を全部取ってくれた状態で出されるようなものだ。食べやすいけれど、なんとなく味気ない。

とはいえ、私はちゃっかりAIに文章の相談をしたりもする。便利なものは使う主義なのである。真実がどこにあるのかと首をかしげながら、その真実を探す手伝いもAIに頼もうとしている自分がいる。なんとも都合がいい。

もしかすると、真実というのは、どこかに固定されているものではなくて、人間が「まあ、これでいいか」と思った地点に、ふわっと着地するものなのかもしれない。だとしたら、AIがいようがいまいが、あまり関係ないのだ。

結局のところ、私は今日もAIがまとめた記事を読みながら、「なるほど」とうなずいている。真実がどこにあるのかはわからないが、とりあえず昼ごはんの時間はちゃんと来る。どうやらそのへんの現実は、まだ自動化されていないらしいのである。

クレカ積立 即売り ポイント生活と残高不足の攻防戦

最近、私はクレカ積立のいわゆる「即売り」というものをしている。
なんだか言葉だけ聞くと、闇市のにおいがするが、やっていることはわりと地味である。積み立てて、すぐ売る。ただそれだけだ。ポイントがぽつぽつと貯まるのが楽しくて、私は毎月せっせと作業している。

ポイントというのは不思議なもので、現金ではないくせに、現金よりうれしいときがある。ゲームのスコアみたいなものだろうか。数字が増えていくと「私、うまくやっているのではないか」と妙な自信が湧くのだ。

しかし問題はそこではない。

クレジットカードの請求額が、毎月だいたい70万円くらいになるのである。

七十万円。

文字にすると、急に現実味が出てくる。
私はそんなに散財していない。ブランド品も買っていないし、高級なお肉も食べていない。それなのに、請求額だけ見ると、港区あたりで派手に遊んでいそうな金額である。私の生活感と金額のギャップが激しすぎる。

支払い日前になると、急にそわそわする。
銀行口座の残高を何度も確認し、証券口座から資金を戻し、別の銀行に移し、また動かし……と、まるでバケツリレーである。しかも自分一人でやっている。

昔、子どものころにお年玉をいくつかの貯金箱に分けていたことを思い出す。「これは使う用」「これはとっておく用」などと真剣に振り分けていたが、結局どれがどれだかわからなくなって、全部ひっくり返していた。
あれから何十年も経つのに、やっていることがほとんど変わっていないのである。規模だけがでかくなった。

しかも、即売りなので実質的には資金は戻ってくる。理屈では安全なのだ。なのに、残高不足という四文字が頭に浮かぶと、心臓がきゅっとなる。
私はいったい何におびえているのだろうか。自分で仕組みを作っておきながら、自分で怖がっている。自作自演もいいところである。

それでも、月末にポイントがちゃんと付与されているのを見ると、にやっとしてしまう。
「今月もがんばったな、私」と思う。
誰もほめてくれないので、自分でほめるしかないのだ。

結局のところ、私はお金を増やしたいというより、数字を動かしている自分がちょっと面白いだけなのかもしれない。銀行間を右往左往しながら、今日も残高を確認する。

そしてまた来月も、同じようにそわそわするのだと思う。
ポイントは増えるが、肝は小さいままである。

PTA副会長の役得でMacBook Airを手に入れた話(ギフトカード付きの誘惑)

私はPTAの副会長なのである。
声に出してみると立派だが、実態はコピー機の前で紙を補充する係に近い。会議の日程調整、資料の誤字確認、誰も気づかないところを地味に整える。達成感は薄いが、疲労感はしっかり残る。不思議な役職である。

そんなある日、役員向けの案内が回ってきた。Apple製品が特別価格で購入できるという。しかも期間限定キャンペーン中で、割引に加えてAppleギフトカードまでつく。私は思わず二度見した。

対象の中にMacBook Airがあった。
あの薄くて軽いやつである。喫茶店で開けば、それだけで仕事ができる人に見える、あの板のようなノートパソコンだ。

私はこれまで、家族共有のパソコンでPTAの議事録を書いてきた。夕食後、子どもたちが騒ぐ横で、肩をすぼめてキーボードを叩く。ときどき三男が勝手にエンターキーを押す。あれは地味に困る。

割引額とギフトカードの金額を足し算しながら、私は思った。
「これは、ほぼご褒美ではないか」と。

人は苦労に見合う対価を求める生き物である。もちろん副会長はボランティアだ。誰も頼んでいない。だが、やっているのは私だ。少しくらい軽いノートパソコンを持っても、罰は当たらないだろう。

若いころ、パソコンを買うときは覚悟が必要だった。価格コムを何度も見て、最安値を探し、最後は勢いでクリックした。今は「PTA役員特典」という、なんとも健全な理由がある。成長というより、言い訳が上手くなっただけかもしれない。

届いたMacBook Airは、本当に軽かった。箱から取り出した瞬間、私は妙に静かになった。薄い。軽い。なんだか未来である。これで議事録を書くのかと思うと、少しだけ胸が高鳴る。

実際に開いてみると、画面はきれいで、キーボードも快適だ。だが打っている内容は「次回資源回収について」。未来感と町内感が同居している。

PTAは相変わらず大変だし、会議も長い。けれど、このMacBook Airを開くたびに、「まあ悪くない」と思える自分がいる。

役得というのは、派手なものではない。
薄さと軽さのぶんだけ、心が少し軽くなることなのだ。たぶん。

自分も欲しいというPTA役員さんは「 Appleの学割「新学期を始めよう」キャンペーン攻略!PTA役員も対象でお得にMacやiPadを買う方法 」で買い方が説明してある。どうぞご自身で。

プレミアムクラスを我慢して、空港で豪遊した話(出張マイルの使い道)

今日は東京出張なのである。しかもマイルで予約した。こういうとき、私は妙に誇らしい。実質タダで空を飛ぶ男、という気分になるのだ。会社の経費で飛ぶくせに、なぜか自分の手柄のように感じてしまうのだから不思議である。

空港のチェックイン機の前で、ふと「プレミアムクラスにアップグレードできます」という表示が出た。追加15,000円。ボタンはやけに素直に光っている。押せばいいだけなのである。

15,000円。

数字にするとたいしたことがないようで、実際にはなかなかの額である。家族5人で回転寿司に行けば、ちょっと本気を出したくらいの金額だ。いや、本気を出したら足りないかもしれない。私はそこで、しばらく機械の前で立ち尽くした。後ろに並ぶ人の気配が、私の優柔不断を静かに責める。

そういえば若い頃、夜行バスで東京に行ったことがあった。三列シートが「贅沢」だと思っていた時代だ。あの頃の私が見たら、プレミアムクラスで悩む今の私はずいぶん偉そうである。人間はすぐ慣れる生き物なのだ。

しかし、15,000円は15,000円である。私は静かに「通常席」のまま進んだ。押さなかった指が、少しだけ震えていた気もする。

そして私はひらめいたのである。

「これは、15,000円得したのと同じではないか」

得したお金は、使ってもいいはずである。理屈としては、どこかの棚に置き忘れた感じがするが、まあいい。

私は空港で、普段なら絶対に頼まない海鮮丼を食べ、ちょっと高いコーヒーを飲み、お土産コーナーで家族に頼まれてもいないお菓子を買った。空港価格という魔法がかかっているから、財布のひもも少し緩む。心なしか、通常席でも背筋が伸びる気がした。

搭乗してみると、前方のカーテンの向こうが少し気になる。あちらがプレミアムクラスなのだろう。だが私は、お腹いっぱいである。たぶんあちらで出るであろう軽食より、さっきの海鮮丼のほうが満足度は高い。そう思うことにした。

節約とは、不思議な言葉だと思う。使わなかったお金を、別の形で使うことを指すのかもしれない。

まあ、いずれにせよ私は今、通常席で満腹なのである。プレミアムかどうかは、胃袋が決めることなのだ。たぶん。