キャビエルサンド 実食レビュー|クラウドファンディングの因縁スイーツをついに食べた話

以前、クラウドファンディングで支援した「キャビエルサンド」が、家族によって跡形もなく消えたことがあった。

私は支援者なのに食べていない。
世の中にはいろんな理不尽があるが、あれはなかなかの理不尽だったと思う。

そのとき私は、箱の中にわずかに残っていたキャビア塩入りのチョコレートだけを食べて、少ししょっぱい気持ちになったのである。味も気持ちも、どちらもしょっぱかった。

だが人間というのは不思議なもので、一度食べ損ねたものほど気になってしまう。

そこで私は、ついにキャビエルサンドを注文した。

すると、すぐ届いた。
最近の通販は本当に早い。私が注文ボタンを押してから「やっぱり太るかもしれないな」と少し後悔するより先に届く勢いである。

しかも今回は、
「1個買うともう1個プレゼント」
というたいへん太っ腹なキャンペーンをやっていた。

つまり、当然のように2個届いた。

この時点で私は思った。
今度こそ、絶対に食べられる。
なにしろ二つあるのだ。人間の倫理観にも多少は期待できる数である。

そしてついに、私は初めてキャビエルサンドを食べることができた。

長い戦いだった。
いや、戦ってはいないのだが、気持ちとしてはそんな感じである。

まずクッキー生地。

これは、なかなかしっかりしている。
サクサクというより、少しどっしりした感じだ。例えるなら、見た目は軽やかなのに意外と体重がある人みたいな感じである。余計なお世話だが。

次にクリーム。

これはとてもおいしい。
マスカルポーネのクリームがやさしくて、なんだか上品な甘さである。海をイメージした二層らしいが、正直なところ私はそこまで海を感じるほど繊細な舌は持っていない。
だが、おいしいことだけはよく分かる。

そしてチョコレート。

これがザクザクしていて良い。
食べるたびに小さく音がする感じで、ちょっと楽しい。人は食べ物に音があると、なぜか満足感が増える気がする。

説明ではクッキーでサンドしてプレスする食べ方になっているのだが、実際に食べてみると少し考えが変わった。

チョコレートの量などを考えると、
クッキー一枚にチョコとクリームを載せて食べる
これが一番バランスが良い気がする。

つまり、サンドしない。

商品名をわりと否定している食べ方である。

だが、おいしく食べることのほうが大事なのだと思う。

もっとも、私は別にグルメでもなんでもない。
味の違いを語れる人でもない。

この程度の感想にどれほどの価値があるのかは、私にもよく分からない。

むしろ、感想よりも印象に残ったことがある。

箱の中に、とても丁寧な手紙が入っていたのだ。

こういうものを見ると、作っている人の気持ちが伝わってくる気がする。スイーツというのは甘いものだが、作っている人の気持ちまで甘いと、なんだか応援したくなる。

そんなわけで私は、引き続きギフトとして応援してみようと思う。

まあ、また家族に全部食べられる可能性もあるのだが。

そのときはきっと、またキャビア塩のチョコだけが私のところに回ってくるのだろう。

人生とは、だいたいそんな配分でできている気がするのである。

買いたい人はぜひ買って応援してあげておくれ(キャビエルサンド公式EC)

映画ドラえもん 新海底鬼岩城 子どもと映画館に行ったのに山派と海派とクーポンのことばかり気になった話

子どもといっしょに『ドラえもん のび太の新海底鬼岩城』を見に行った。こういう映画は、親子で夢と冒険を味わうものなのだと思う。たぶん世の中的にはそういうことになっている。だが実際の私は、夢と冒険を味わう前に、まずクーポンと座席とポップコーンのことを考えていた。大人になると、感動の前に段取りが来るのである。なんだか気の毒な話だ。

予約はもちろんPontaパスである。ユナイテッド・シネマのキャナルシティで、大人料金が1400円になる。しかもポップコーンとドリンクのセットが400円で買える。これはかなりえらい。映画館の飲み物というのは、少し気を抜くと「この一杯で定食が食べられるのではないか」という値段になるので、400円という数字はもはや救いである。私はこういうお得情報に出会うと、急に世の中の裏道を知ってしまったような顔になる。たかがクーポンであるのに、人は妙に誇らしくなるのだ。

こういう時、私はいつも思う。ぜひここでアフィリエイト広告でも貼って、「みなさんもお得に映画をどうぞ」と景気よく宣伝したいものだと。文の途中に、いかにも親切そうに「こちらから」などと入れてみたい。だが、残念ながら案件がないのである。ほんとうに残念だ。こっちは宣伝する気だけは十分にあるのに、肝心の依頼が来ない。世の中というのは、こちらのやる気と収入がきれいに噛み合わないようにできているらしい。

それでもクーポンを手に、私はかなり上機嫌だった。今日は賢く立ち回っている、ぬかりのない大人だ、という気分で売店に向かったのである。だが、そういう時ほど人は転ぶ。ポップコーンセットのクーポンを出したところ、どうも注文がツードリンクセットになっていたようで、クーポンが使えなかった。私は一瞬、耳を疑った。そんなことがあるのかと思ったが、あるのである。しかもすでに商品が用意されていた。ポップコーンはもう、こちらの迷いなど知らぬ顔で堂々と置かれている。飲み物も完成している。ここで「じゃあやめます」と言える人は、よほど心が強い。私は弱い。

断腸の思い、という言葉は、こういう時に使うのかもしれないと思った。もちろん本来はもっと重大な場面に使うのだろうが、私の中ではかなりの断腸だった。だが大人は、こういう時に平気な顔をしなければならない。「あ、大丈夫です」と、なんでもない風を装うのである。全然大丈夫ではない。心の中では、小さな私が床を転がって「400円……」と言っている。だが表面上は落ち着いている。落ち着いて会計を済ませ、落ち着いて商品を受け取り、落ち着いて少しだけ損をした現実を飲み込む。大人とは、感情をのみ込む生き物なのだと思う。だいたい、こういうどうでもいいことで。

そんな小さな敗北を胸に抱えつつ席につき、いよいよ映画が始まった。子どもは当然わくわくしている。私はポップコーンをひとつつまみながら、「まあ、映画がよければすべてよしだ」と自分に言い聞かせていた。たぶんこういう時、人は何か大きなもので小さな損失を薄めようとするのである。人生はだいたいそうだ。

ところが映画が始まってまもなく、今度は別のことが気になり出した。最初の場面で、のび太としずかちゃんは山に行きたいと言い、ジャイアンとスネ夫は海に行きたいと言っていたのである。私はそこで「あれ」と思った。旧版では逆ではなかったか。たしか逆だった気がする。映画はもう始まっているのに、私の頭の中では別の会議が始まってしまった。山派と海派の再編問題である。実にどうでもいい。

昔から私は、こういう本筋と少しずれたことばかり気にするところがある。学校でも、先生の話の内容より、教室の後ろの掲示物がちょっと曲がっているほうが気になった。みんなが大事なことを聞いている時に、私は「この紙、左上だけ少し下がっているな」と思っていたのである。だから今も、映画の冒険より先に、キャラクターの希望の配置換えが引っかかるのだろう。脳の使い方があまり立派ではない。

なぜ逆にしたのかはわからない。今のキャラクターの印象に合わせたのかもしれないし、話の流れをすっきり見せるためかもしれない。しずかちゃんは山の清潔な空気が似合うし、スネ夫は海のレジャー感がよく似合う。ジャイアンも海のほうが勢いで押していけそうだし、のび太はどちらでも少し頼りないから、しずかちゃん側に置いたほうがなんとなく収まりがよい。たぶんそういうことなのだろう。いや、全然違うかもしれないが。

子どもは当然、そんなことはひとつも気にしていなかった。クーポンが使えなかったことも、山と海の配置が逆なことも、まるで問題にしていない。画面の中のドラえもんたちに夢中で、ただ映画をまっすぐ楽しんでいる。その姿を見ると、正しいのはたぶん子どものほうなのだと思う。私は映画を見に来たのに、節約の失敗と細かい違和感を大事に抱えている。忙しい客である。

でも、そういうどうでもいいことが妙に記憶に残るから不思議だ。映画の感動といっしょに、「あのクーポン使えなかったな」とか、「山と海、逆だったな」とか、そんな細いことが一本ひっかかったまま帰るのである。大人になると、人生はこういう小さな引っかかりでできていくのかもしれない。感動だけでは、案外きれいに流れてしまう。

結局、映画を見た日の私の記憶は、海底の冒険とポップコーンの損失と山海の配置が三つ巴になっている。どれが主役なのかよくわからない。だが、たぶんそれでいいのだと思う。親子で映画を見に行った日というのは、立派な思い出であると同時に、クーポンひとつで少しだけ心が揺れる日でもあるのだ。

そう考えると、大人というのは案外せわしない。お得に喜び、使えずにしょんぼりし、映画ではどうでもいいところにひっかかる。だがその全部を含めて、たしかにその日の私だったのである。だからまあ、ポップコーンが少し高くついたことも、山と海が逆だったことも、まとめて映画館の味だったということにしておこうと思う。ほんとうに、どうでもいい納得なのである。

福岡の映画館については「2026年版 天神や博多駅など福岡市内の映画館情報とお得な割引サービス」がよくまとまっていると思う。

ETCマイレージ 失効 注意 年度末 ポイント交換を忘れたくない人の、あぶないあぶない話

年度末というものは、どうしてこう人をせかすのだろうと思う。
べつに誰かに追い立てられているわけでもないのに、三月になると急に「やっておいたほうがいいこと」が、押し入れのすみからぞろぞろ出てくる。確定申告だの、保険だの、使っていないアプリの整理だの、私の頭の中は年末よりもむしろ年度末のほうが散らかるのである。

そんな中、ふと思い出したのがETCマイレージだった。
思い出した、というより、正確には「そういえばあれ、どうなってるんだっけ」と、半分いやな予感をともなってサイトをのぞいたのである。すると、そこに出てきたのが「2026年03月末日まで有効なポイント 575ポイント」という表示だった。
五百七十五ポイント。
なんとも絶妙な数字である。多すぎて見過ごせないが、少なすぎて王様みたいな顔もできない。財布の中で見つけた千円札ではなく、冬のコートのポケットから出てきた五百円玉みたいな感じだ。うれしいが、危なかったなという気持ちのほうが強い。あぶないあぶない。

私はこういう「失効しますよ」というものに弱い。
ポイントとか、クーポンとか、引き換え期限とか、そういうものを前にすると、人は急に小市民になる。いや、私は常に小市民なのだが、よりいっそう小さくなるのである。
昔、パン屋でもらったスタンプカードを大事に持っていたことがある。あと一個で食パンがもらえる、というところまで来て、満を持して店に行ったら、カードの有効期限がきれいに切れていた。あの時の私の顔は、たぶん雨の日にぬれた段ボールみたいだったと思う。へなへなである。

ETCマイレージも、仕組みを知るとわりとまじめにできている。NEXCOなんかでは10円で1ポイントつくけれど、だからといって何でも10%還元というわけではない。1,000ポイントで500円分なら実質5%、3,000ポイントで2,500円分なら約8.3%、5,000ポイントで5,000円分になってようやく10%である。
なんだか算数の時間のようだが、こういうのは知るとちょっと楽しい。人は「お得」という言葉に出会うと、急に計算だけは熱心になる生き物なのだと思う。
月に一回、往復8,000円くらい高速に乗る人なら、年間でそこそこ貯まって、数千円分の無料通行になるらしい。こう書くと、かなり立派である。節約上手の人の家計簿に載っていそうな話だ。私の場合は、そこまで計画的に生きていないので、「なんか貯まってた。消えるところだった」が現実に近い。

しかもETCマイレージは、登録していなければ一切貯まらないし、あとから「あのときの分もお願い」と言ってもだめだという。ここがまた厳しい。人生にはわりと情状酌量というものがある気がするのだが、ポイントの世界は冷たい。
さらにポイントは道路事業者ごとに別々について、付与された年度の翌年度末、つまり三月末で失効する。最長で約二年、最短で約一年。
この「最長」と「最短」が混ざっている感じが、また人を油断させる。まだ大丈夫な気もするし、もう遅い気もする。こういうあいまいなものに対して、人はだいたい負ける。私も何度も負けてきた。

それにしても、575ポイントというのは、実に私らしい中途半端さだと思う。
5,000ポイントまで貯めれば最大10%還元、などと聞くと、ちゃんと高速に乗って、ちゃんと貯めて、ちゃんと交換する人の背中が遠くに見える。私はその手前で、ちょこちょこ乗って、ちょこちょこ貯まって、危うくちょこっと失うところだった。
こういうところに、人の生活は出るのだろう。大きな失敗はしないが、小さくあぶない。派手さはないが、気を抜くとすぐ何かが消える。私の暮らしはだいたいそういう感じである。

だから年度末にやっておくこととして、ETCマイレージの確認はかなりえらい部類に入ると思う。
なにしろ、もう走り終えた道のぶんが、黙って消えていくのを見るのはさびしい。道路はそこにあるのに、ポイントだけいなくなる。薄情である。
せっかくなので、三月のうちに一度ログインして、失効前のポイントがないか見ておくのがよいのだと思う。大げさな節約術ではないけれど、こういうのは「拾える五百円を拾う」みたいな話なのである。

結局のところ、私たちの生活は、壮大な資産運用よりも、こういう小さな取りこぼしとの戦いなのかもしれない。
575ポイントを前にして、私は妙にしみじみした。
そして同時に、来年の三月にもたぶん似たような顔で「あぶないあぶない」と言っている気がする。人は学ぶ生き物だと言うけれど、ポイントのことに限っては、私はあまり成長していないのである。

ETCマイレージについては「 ETCマイレージとは?還元率・登録方法・年度末のポイント失効対策を解説【最大10%還元】 」の情報を参考にしている。

10年ぶりにスーツを新調したら、お腹をへこませなくてよくなった話|麻布テーラーのオーダースーツ体験

このあいだ、実に10年以上ぶりにスーツを新調した。
作ってもらったのは麻布テーラーである。

思い返してみると、最後にスーツを買ったのは30歳前後だった気がする。あの頃はまだ仕事といえばスーツ、という空気が当たり前にあった。朝になると、眠い目をこすりながらネクタイを締めていたものだ。あれが社会人というものなのだ、と疑いもなく思っていたのである。

しかし世の中はすっかり変わった。
いつのまにか仕事でもカジュアルな服装がOKになり、私のクローゼットの中でスーツは「ここぞという時の服」に降格してしまった。

するとどうなるかというと、買い替えるタイミングがまったく来ないのである。

10年前のスーツをたまに引っ張り出して着る。
またしまう。
またしばらく着ない。

そういう生活を続けていた。

ところがである。
40を超えると、いろいろなことが少しずつ厳しくなる。

特にスーツは厳しい。

何が厳しいかというと、主にお腹である。

20代の頃に作ったスーツというのは、当時の自分の体型を前提に設計されている。つまり「若くてそこそこ細い私」仕様なのだ。
しかし現実の私はというと、「若くはないし、そこそこ丸い私」である。

この差は思った以上に大きい。

ズボンを履くとき、私は無意識に息を止めていた。
そしてお腹をぐっとへこませる。

この動作は、もはやスーツを着るための儀式のようなものだった。

だがある日ふと思った。

私はなぜ、服を着るたびに軽い腹筋運動をしているのだろうか。

しかも成功率は五分五分である。
たまにボタンが「今日はやめておきます」と言っている気がする日もある。

これはいよいよ潮時だと思い、スーツを作りに行くことにした。
そこで選んだのが麻布テーラーなのである。

店に入ると、店員さんがさっと現れて、いろいろ丁寧に説明してくれた。
生地の種類だとか、シルエットだとか、ボタンだとか、裏地だとか。

正直なところ、私はそのへんのこだわりがあまりない。
服の知識も、ユニクロで困らない程度しかない。

なので途中から「なるほど」「そうなんですね」と言いながら、半分くらいは流れに身を任せていたと思う。

そしていよいよ採寸である。

腕を上げたり下げたり、肩を測ったり、ウエストを測ったりする。
その間、私はなんとなく姿勢をよくしていた。

人間というのは不思議なもので、測られるときだけ少し良い体型を装おうとするのである。
どうせ数センチしか変わらないのに。

それからしばらくして、スーツが完成した。

さっそく着てみた。

すると、驚いた。

サイズがぴったりなのである。
いや、当たり前なのだが、これが実に快適なのだ。

特にズボンである。

履くときに、お腹をへこませなくていい。

これがこんなに楽なものだったとは、私は知らなかった。
ボタンは普通に閉まるし、呼吸もできる。
なんなら少しゆったりしている。

私は鏡の前で思わず、静かに感動してしまった。

同時に、ふと考えた。

つまりこのスーツは、「今の私」に合わせて作られているわけだ。
お腹も含めて。

そう思うと、少しだけ複雑な気分になる。

若い頃のスーツは、シュッとしていた。
今のスーツは、ややゆったりしている。

どちらがいいのかは、よくわからない。

ただひとつ言えるのは、
ボタンを閉めるときに息を止めなくていい人生は、思ったより快適だということである。

まあ、年を取るというのは、こういうことなのかもしれない。
少し丸くなり、少し楽になる。

スーツも、人間も。

たぶんそれでいいのだと思う。

キャビエルサンド クラウドファンディング 家族に全部食べられた……ってはなし

先日、知人の紹介で支援していたクラウドファンディングのスイーツが届いたらしい。

「らしい」というのは、私がそれを見ていないからである。
そしてもちろん、食べてもいない。

そのスイーツの名前は「キャビエル・サンド」。
なんだか高級そうな名前で、聞いた瞬間に私は少し背筋を伸ばした。キャビエル、という響きがすでに只者ではない。キャビアの親戚みたいな顔をしている。

話によると、キャビア塩を使ったパールチョコレートと、海をイメージした二層のマスカルポーネクリームを、ダイヤモンド型のクッキーで挟んだお菓子らしい。
説明を読んだだけで、私はすでにおいしい気分になっていた。人間というのは想像力だけでもだいぶ幸せになれる生き物なのだ。

しかし現実は厳しい。

私が帰宅したとき、箱はすでに開封され、
そして中身はすでに消えていた。

妻と子どもたちが食べたらしい。

私は思わず箱の中をのぞいた。
人は希望を捨てきれない生き物である。もしかしたら端っこに一つくらい転がっているのではないか、という淡い期待を抱いてしまうのだ。

だが箱の中は、たいへんきれいだった。
新品の引き出しのように整然としていた。

ここまできれいだと、むしろ清々しい。

「食べていいよ」とは確かに言った。
それは事実である。

しかし普通、「食べていいよ」という言葉には、
「一つくらい残しておいてくれるだろう」という、
人間社会のやさしい暗黙の了解が含まれているのではないだろうか。

どうやら我が家では、その文化は存在しないらしい。

結局、私が食べたのは、少しだけ残っていたキャビア塩入りのチョコレートだけだった。

ほんの欠片である。

口に入れると、チョコの甘さのあとにほんのり塩味がきて、たしかにおいしい。
おいしいのだが、気持ちは少ししょっぱい。

キャビア塩のせいなのか、
それとも私の人生のせいなのか、
そこはよく分からない。

妻と子どもたちは口をそろえて「すごくおいしかった」と言っていた。
そんなにおいしいなら、一つくらい残してくれてもよさそうなものだが、どうやらおいしすぎたらしい。

人はおいしいものの前では、思いやりを忘れる生き物なのだと思う。

そういえば子どものころ、冷蔵庫にあったプリンを兄に全部食べられたことがある。
私はそのときも、容器の底に残ったカラメルを舐めた記憶がある。

どうも私は昔から「残り物担当」の役割らしい。

ちなみにこのキャビエルサンド、どうやらもう一般販売が始まっていて、普通に買えるようだ。

つまり、また買えばいいのである。

最初からそうすればよかったのではないか、という気もするが、クラウドファンディングというのは応援の気持ちで参加するものなので、そこはまあいいのだ。

妻も子どもたちも「また食べたい」と言っていた。

私はまだ一度も食べていないのだが、
家族の感想だけで二回目の購入を検討している。

なんだか少し納得がいかないが、
まあ人生とはだいたいそんなものなのだと思う。

みんなも買ってみるといいよ。
キャビエルサンドのオンラインストア

nimocaからICOCAへ:福岡県民の交通ICカード遍歴とWESTERポイントで関西旅行する話

私は長いことnimocaを使ってきた。
それはもう、特別な理由があるわけでもなく、ただ単に福岡県民だからである。福岡でバスに乗れば西鉄、電車に乗っても西鉄、ちょっと油断するとまた西鉄、という具合なので、nimocaを持つのはほとんど空気を吸うくらい自然なことだった。

しかも昔はポイントが付いた。
電車やバスに乗るだけで、ちょこちょこポイントが貯まるのである。私はこういう「気づいたら貯まっているもの」が好きだ。ポイントというものは、努力して貯めると途端にケチくさい気分になるが、知らないうちに増えていると急に愛おしくなるのである。

ところがコロナの頃だったか、西鉄はポイント付与をやめてしまった。
理由はよく知らないが、とにかく終わった。

その瞬間、私はふと思った。
「あれ、nimocaじゃなくてもよくないか?」

よく考えると、電車やバスに乗るだけならSuicaでもPASMOでもICOCAでもだいたい同じなのである。改札はちゃんと開くし、バスの機械も普通にピッと鳴る。交通ICカードというのは、意外なほど互いに寛容な世界なのだ。

しかも世の中には「チャージでポイントが貯まるカード」というものがある。
交通ではなく、チャージで貯まるのである。なんだかズルい気もするが、ルールの中でズルいことができるのが一番賢いのである。

というわけで、私はコロナの頃にSuicaへ乗り換えた。
当時、iPhoneに対応している交通ICがほぼSuicaしかなかったからだ。
「福岡県民なのにSuica」という、少しだけ背徳的な状態になったが、改札は普通に開くので特に問題はなかった。

むしろ、妙な気分のよさがあった。
なんというか、東京でもないのにSuicaを持っている感じが、少しだけ都会のスパイのようである。もちろんスパイ活動は改札を通ることくらいだが。

しかし世の中は変わる。
今度はICOCAがiPhoneに入るようになったのである。

そこで私は、またあっさり乗り換えた。
理由はシンプルだ。
WESTERポイントが貯まるからである。

ここで一つ問題がある。
私は関西人ではない。
むしろ九州の人間である。

さらに言うと、JR九州ですらない。
JR西日本のポイントを、福岡に住む私がコツコツ貯めているのである。
地理的にかなりねじれている。

しかしポイントというものは、不思議と人間を動かす。
私はそのWESTERポイントを使って、週末に関西方面へ旅行に行くのである。

福岡に住み、JR西日本のポイントを貯め、関西へ遊びに行く。
こう書くと、私は一体どこの人なのかよくわからない。

昔はただ西鉄バスに乗っていただけの人間が、気づけばポイントの流れに導かれて関西へ向かっている。人生とは、わりとこういう小さな仕組みに操られているのかもしれない。

もっとも、そんなことを考えながら改札を通ることはない。
ただiPhoneをピッとするだけである。

そしてまたポイントが少し貯まる。
私はそれを見て、なんとなく得をした気分になる。

冷静に考えると、そのポイントを貯めるために旅行している気もするのだが、そこはあまり深く考えないことにしている。

ポイントの世界というのは、だいたいそういうものなのである。

ICOCAチャージはJ-WESTカード経由お得である。

WBC 日本代表 侍ジャパン 台湾戦をNetflixで見た話 トライアルSIMで無料観戦した夜

私はふだん、そこまで野球に人生を預けている人間ではない。もちろん嫌いではないし、国際試合ともなれば気になってはくるのだが、毎日せっせと打率を追いかけたり、選手の登場曲まで覚えたりするほどの情熱はない。言ってしまえば、祭りがあれば顔を出す町内会の人くらいの気持ちで野球を見ているのである。

そんな私が今回、ずいぶん気持ちよくWBCの日本代表、侍ジャパンの試合を見てしまった。相手は台湾。東京ドームでの初戦である。結果は七回コールドの13対0。気持ちがいいにもほどがある。こちらがまだお菓子の袋をちゃんと開けきっていないうちに、もう二回で10点も入っていた。打者15人で7安打、一挙10点と聞くと、もはや攻撃というより引っ越し作業みたいである。ぞろぞろ出てきて、どんどん運び込んで、相手がぼうぜんとしているうちに部屋が埋まる。そんな勢いだった。

そしてやはり大谷翔平である。私は大谷を見るたびに、あまりにも出来すぎていて、少し作りものではないかという気持ちになる。二塁打を打ち、満塁ホームランを打ち、右前打も打って、3安打5打点である。人がひと晩でできることにも限度があるだろうと思うのだが、その限度というものを大谷はまるで気にしていないように見える。こちらはソファから立ち上がって飲み物を取るだけで「よいしょ」と声が漏れるのに、あちらは世界大会で満塁弾である。比べる相手が悪いにもほどがある。

しかも投げては山本由伸から5人の継投で、台湾を1安打零封である。打って派手、守ってきっちり。こういう試合を見ると、野球というのは本来ずいぶん整理されたスポーツなのだなと思う。点を取るべき人が取り、抑えるべき人が抑える。人生もこのくらい段取りよくいけばいいのだが、私の生活はだいたい洗濯機を回したあとで洗剤を入れ忘れたことに気づくような有様なので、侍ジャパンの整い方はまぶしすぎる。

それで今回の私の観戦には、もうひとつ、じつに現代的でこまごました事情があった。ワイモバイルのトライアルSIMを契約した上で、Netflixで無料鑑賞したのである。ここだけ聞くと、たいへん計画的で、デジタル時代をうまく泳いでいる人みたいだが、実際の私はそうでもない。無料とか限定とかお試しという言葉に、台所の隅を歩くアリみたいに吸い寄せられただけである。

昔から私は「今だけお得」に弱い。若いころも、店先に「ご自由にお持ちください」と書いてあると、別に欲しくもないチラシつきのポケットティッシュを必要以上にもらってしまった。あとでかばんの中がティッシュだらけになり、何のためにもらったのかわからなくなる。今回も少しそれに似ている。WBCを見たい気持ちと、無料で見られるなら見ておきたい気持ちが合体して、気づけばSIMを契約していた。野球を見ているのか、節約に興奮しているのか、自分でもよくわからないのである。

それでも、いざ試合が始まると、そんな細かいことはどうでもよくなった。点が入るたびに「おお」となり、大谷の満塁ホームランではちゃんと胸がどよめいた。無料だから感動も半額、ということはない。むしろ、人は「得をした」と思った状態で見る試合には、少しだけ機嫌よく向き合えるのかもしれない。たいへん小さい話だが、私のような人間にはその小さい機嫌のよさが案外大事なのだ。

考えてみれば、スポーツ観戦というのは不思議なものである。自分は一球も投げていないし、一塁まで一歩も走っていないのに、勝つとなんだかこちらまで立派になったような気がする。13対0で勝った夜などはなおさらで、私はただ画面の前でお菓子を食べていただけなのに、少しだけ世界に貢献したような顔で風呂に入った。ずうずうしいにもほどがある。

だが、そういうずうずうしさも含めて、こういう夜は悪くないのである。侍ジャパンは強いし、大谷はやはりすごいし、台湾戦はとてもエキサイティングだった。しかも私はワイモバイルのトライアルSIMとNetflixで、ちょっと得した気分まで味わっている。野球の感動という大きな話の横に、無料で見られたという小さな満足が並んでいるあたりが、なんとも私らしい。

結局、人は大きな勝利だけで生きているわけではなく、こういう「うまいこと見られた」という、どうでもいい喜びにもずいぶん支えられているのだと思う。侍ジャパンの快勝と、私のせこい達成感。その並びは少々情けないが、まあ、勝った夜くらいは何でもめでたいのである。

ChatGPTと保険会社と「知識の武装」――AI時代に崩れる情報格差という小さな革命

最近、なんとなくニュースを眺めていたら、日本生命がアメリカでChatGPTを作っているOpenAIを訴えたという話を見かけた。

理由はなかなか面白い。
保険の元受給者がChatGPTに相談して「和解を破棄できるかもしれない」という助言を受け、それを元に訴訟を起こしてきたらしいのである。

つまり、日本生命の言い分をざっくり言うとこうだ。

AIが弁護士みたいなことをしたせいで、面倒な訴訟に巻き込まれた。

ということらしい。

法律の細かい話は、正直よくわからない。
私は法律の話を聞くと、だいたい途中で頭の中が「条文」という名の霧に包まれてしまうタイプの人間なのである。

ただ、このニュースを見ていて、妙に気になることがあった。

それは「知識の武装」というやつだ。

世の中というのは、かなり長い間、知識を持つ人が強い仕組みで回ってきたと思う。

弁護士、医者、税理士、金融の専門家。
そういう人たちはもちろん努力して資格を取っているわけだが、同時に「知っている」というだけで圧倒的に有利でもある。

たとえば保険の契約書なんて、普通の人は読んでもほとんど理解できない。
文章が長くて、言葉がやたらと堅い。

あれはもう、読める人だけ読めばいいという雰囲気がぷんぷんする。

私は昔、携帯の契約書を読もうとして三行で眠くなったことがある。
あれは読書というより、睡眠導入剤に近いのではないかと思う。

だから世の中はたいてい、こうなる。

よくわからない人は
「まあプロが言うならそうなんだろう」
と納得してしまうのである。

私もだいたいそのタイプだ。

ところが最近は、様子が少し変わってきた。

わからないことがあったら、とりあえずAIに聞く。
すると、ものすごく丁寧に説明してくれる。

しかも怒らない。
同じ質問を三回しても怒らない。

これはすごいことである。

昔なら、
「そんなことも知らないんですか」
という顔をされるところなのだ。

AIはそういう顔をしない。
顔がないからである。

これは地味にありがたい。

だから今回のニュースも、見方によってはちょっと象徴的だ。

これまでなら、元受給者は
「もう和解したし仕方ないか」
で終わっていたかもしれない。

でも今回は
「ちょっと待てよ」
と思った。

そしてAIに聞いた。

それで理屈を手に入れてしまった。

これが、日本生命にとってはかなり厄介だったわけだ。

もちろんAIの回答が全部正しいとは限らない。
むしろ、けっこう間違う。

私もAIに聞いたレストランに行ったら、三年前に閉店していたということがあった。

あれはなかなかの徒労感だった。

しかし、それでも一つだけ確かなことがある。

知らないままではなくなる。

これは大きい。

昔から、知識というのは少しずつ平らになってきた。

活版印刷ができて、本が広がった。
インターネットができて、検索ができるようになった。

そして今、AIが説明してくれるようになった。

もしかすると今起きているのは、知識の民主化みたいなものなのかもしれない。

……と、ここまで考えてみたが、私はふと気づいた。

知識がいくら手に入っても、行動するかどうかは別問題なのである。

私はAIに健康のアドバイスを聞くが、だいたい三日で忘れる。

つまり人間というのは、知識より先にめんどくささに負ける生き物なのだ。

そう考えると、AIがどれだけ賢くなっても、世界はそこまで劇的には変わらない気もしてきた。

人間がだいたい、だらけているからである。

まあ、それならそれで、AIも少しは安心するのではないかと思うのだ。

ソフトバンク iPad A16 月額160円レンタルが過去最安だった話

最近、ソフトバンクの「iPadが月160円」という話を見かけて、私は思わず二度見してしまった。
月160円である。

160円といえば、自動販売機のジュースと同じくらいの値段だ。ジュースを飲むか、iPadを持つか。なんだか選択肢としておかしい気もするが、数字だけ見るとそういうことになる。世の中というのは時々、変な比較を生み出すものなのである。

実は私は、このセールにすでに一度飛びついた人間である。
前々回のセール、つまり「月300円」のときだ。

そのときも「安いなあ」と思った。iPadが月300円。これもだいぶ意味がわからない。
私はそのとき、ちょっとした興奮状態で申し込みボタンを押した記憶がある。

人間というのは不思議なもので、「安い」と思った瞬間、冷静な判断力がどこかへ行く。
私の場合、その判断力はたいてい冷蔵庫の奥あたりに置き忘れられている。

とはいえ、その300円のセールもかなり人気で、期間中に売り切れになった。
「やっぱりみんな考えることは同じなんだなあ」と妙に安心したものである。

ところが今回。
なんと月160円。

私は一瞬、自分の契約書を見直した。
「え、私300円払ってるんですけど?」
と、誰に言うでもなく心の中でつぶやいた。

まあ、こういうことは人生にはよくある。
昨日買ったものが今日安くなる。
昨日食べたラーメンのほうが高かった。
そういう小さな敗北を、人は静かに飲み込んで生きていくのである。

ちなみにこの160円の仕組みは、わりと単純だ。

iPad(A16)128GBの通常価格は105,840円。
しかしスプリングセールの新規契約割引で43,920円引きになる。

さらに「新トクするサポート+」を利用して2年間使い、最後に返却する。
そうすると、実質の端末負担額は3,840円。
つまり月160円になるわけだ。

この手の仕組みは、最初はちょっとややこしく感じる。
私は最初、「なにか見落としているのではないか」と疑った。
世の中そんなに甘くないのではないか、と。

しかし調べてみると、iPad(A16)は特典利用料が無料に設定されている。
つまり返却時に最大22,000円みたいな料金が発生しない。

破損などがなければ、普通に返すだけでいいらしい。

この「破損がなければ」という条件を見たとき、私は少しだけ自信がなくなった。

なぜなら私は、わりと物を落とすタイプの人間だからである。

スマホも落とす。
財布も落とす。
家の鍵も落とす。

この調子だと、iPadもいつか落とすのではないか。
そんな未来がうっすら見える。

とはいえ、月160円という数字を見ると、細かい心配はどこかへ飛んでいく。
人間はだいたい、数字に弱いのである。

しかも前回のセールは550円、前々回は300円だった。
つまり今回が「過去一番安い」。

こういう言葉を見ると、また心がざわつく。
限定。
過去最安。
売り切れ。

この三つがそろうと、人はだいたい急ぐ。
冷静な人でも、少しだけ急ぐ。

そして私は思う。
もしまた次回のセールが来て、月80円とかになったらどうしよう、と。

そのとき私はきっとまた、契約書を見ながら小さくつぶやくのだろう。

「私、300円なんですけどね」

まあ、そんなことを言いながら、今日もそのiPadで動画を見ている。
結局のところ、使っている本人が満足していれば、それでいいのかもしれない。

そう思うことにしているのである。

マックスバリュエクスプレス福岡出店とWAON・iAEON攻略はじめました

近所にマックスバリュエクスプレスができたのである。
徒歩2分。信号にもひっかからない距離だ。これはもう、ほぼ冷蔵庫の延長である。

これまで福岡市民としての私のスーパーといえばサニーだった。
特売のチラシを眺め、「今日はこれが安いのだ」と納得しながら買い物をするのが長年の流儀である。サニーはなんというか、安心感がある。実家のちゃぶ台みたいな存在なのだ。

ところが急に、イオン系の刺客がやってきた。
マックスバリュエクスプレス。スーパー未満コンビニ以上、といった顔をしている。店内はそこまで広くない。品ぞろえも「なんでもある!」とは言えない。だが、たいていの物はちゃんとある。この“たいてい”というのが、実に絶妙なのだ。

牛乳もある。卵もある。冷凍食品もそこそこある。
「まあ、これでいいか」と思わせる力がある。徒歩2分という距離が、すべてを正当化してしまうのである。

問題は、支払いだ。

私はこれまでWAON系をまったく使ってこなかった。
正直に言うと、なんとなく避けていた。理由は特にない。ただ、新しい仕組みを覚えるのが面倒だったのである。ポイント界隈はすでにクレカ積立で頭がいっぱいなのだ。これ以上、脳みその引き出しを増やしたくなかった。

しかし「お得」と聞くと、話は別である。
お得という言葉は、私の理性を軽く飛び越えてくる。気づけば今日はiAEONのアプリをダウンロードしていた。指は正直だ。

だが、ここで早くもつまずく。
WAONとiAEONの違いがよくわからないのである。

カードなのか。アプリなのか。ポイントなのか。
それぞれがそれぞれを名乗っていて、関係性がぼんやりしている。親戚が多すぎる家系図のようだ。誰が本家で誰が分家なのか、私にはまだ見えていない。

レジ前であたふたする未来が、うっすら見える。
「ポイントカードはお持ちですか」と聞かれ、スマホを出し、どのバーコードを見せればいいのか迷い、後ろに人が並ぶ。ああ、想像しただけで汗が出る。徒歩2分の気楽さが、一瞬で消えるのだ。

それでも、せっかく近所にできたのだから、うまく付き合っていきたいと思う。
生活圏というのは、じわじわと変わるものである。昔はサニー一択だった私も、いまやアプリをダウンロードするところまで来た。人は意外と簡単に宗派を変えるのだ。

とりあえず、今日はアプリを入れただけで満足している。
まだ何も得していないが、気持ちだけは前向きだ。

頑張ろう、と小さく思う。
徒歩2分の未来のために、私はWAONの勉強を始めるのである。
どうせまた、ポイントに振り回されるのだろうけれど。

みんなも一緒に勉強しよう(笑)
参考: 福岡で急増中!マックスバリュエクスプレスをお得に使い倒す攻略法とイオンペイ決済ルート