無印良品週間とJQカードプレミアムデイズで博多駅(アミュプラザ)が修羅場になった日の話

たまたま休みの日になると、人は前の晩から少しだけ心が広くなる。明日は昼まで寝てやる、布団と一体化してやる、と私はかなり本気で思っていた。こういうときの私は、もう半分くらい布団の民なのである。

ところが現実はそう甘くなかった。朝、私はたたき起こされた。あまりにも急だったので、一瞬なにか大きな災害でも起きたのかと思ったが、そうではなかった。もっと家庭的で、もっと切実で、そして私にとってはかなり迷惑な用件だった。

「博多駅まで車を出してほしい」

理由を聞くと、今日はJQカードプレミアムデイズと無印良品週間が重複する特異日なのだという。特異日、と言われるとなんだか天体観測みたいで少しかっこいいが、要するに「今日はすごくお得だから行くしかない日」という意味である。しかも春休みなので子どもたちも巻き込んでのお買い物だという。巻き込む、という表現がぴったりの気がした。私も巻き込まれていたからだ。

私はお得が嫌いではない。むしろ好きなほうだと思う。スーパーで見切り品のシールを見つけると、心の中で小さくガッツポーズをする程度には、お得の味方である。けれど、お得のために人波へ突撃する勇気は持ち合わせていない。私のお得は、できれば家で完結してほしいのだ。クリックとか、タップとか、その程度の運動量で済ませたい。

それなのに、今日は博多駅前である。駅前というだけで、もう人が多そうだ。さらに無印良品週間である。しかもJQカードプレミアムデイズまで重なる。これはもう、混む要素を鍋に全部放り込んで強火で煮たような日である。

案の定、無印良品のお店は大混雑だった。私は予想していた。していたのだが、その予想はひかえめすぎた。現場の混雑は、私の想像をあっさり追い越していった。店内には、人、人、人。みんな静かに商品を見ているのに、全体としては圧がすごい。不思議なものである。無印良品というのは、見た目は落ち着いているのに、セールとなるとものすごい熱を帯びるのだ。

10%オフに加えて、請求時に10%還元。計算すると実質19%還元くらいになるらしい。こういう数字を聞くと、たしかに「今だ」という気持ちになるのもわかる。いや、わかるのだが、それにしてもあれだけ並ぶのは無印良品の強さなのだろう。あのベージュっぽい色味と、主張しすぎない収納用品と、なんだかんだ使いやすいレトルトカレーには、人を店まで運ばせる力があるらしい。たいしたものだと思う。

しかし私の頭の中では、別の計算機がうなっていた。昨日までなら楽天お買い物マラソンとSPUと楽天カードの日を合わせれば、わりと同じくらいの還元に持ち込めたのではないか。家で。ネットで。人混みゼロで。私は心の中でその理論を組み立て、ついでに口にも出した気がするのだが、妻には届かなかったようだ。

届かなかったというより、最初から採用される見込みのない意見だったのかもしれない。たまに私は、自分の発言が家庭内でうっすら字幕みたいに流れて、そのまま誰にも読まれず消えていく気がする。まあ、私も逆の立場なら聞き流しているかもしれないので、お互いさまである。

それにしても、私は昔から出不精だ。子どものころも、せっかくの休日に外へ遊びに行こうと言われると、うれしいより先に「着替えるのが面倒だな」と思う子だった。今思うと、あまり夢のある子どもではない。遠足の日ですら、行けば楽しいのに、家を出るまでがいやだった。人生のかなりのことは、この「出るまでがいや」で説明できる気がする。歯医者も美容院も役所もだいたいそうである。

だから今日も、行ってしまえば終わるのだが、終わるまでにしっかり疲れた。人込みというのは、何もしていないのに体力を吸っていく。私はただ立っていただけなのに、帰るころには一日働いたような顔になっていたと思う。実際にはほとんど役に立っていないのに、妙に疲れている。こういうときの自分は、運動会で特に活躍していないのに打ち上げだけ参加した人みたいで、少し気まずい。

お得なのは好きなのである。でも人込みはとても嫌いなのである。この二つは仲が悪い。同じ家に住んでいるのに会話をしない親子みたいな関係だ。どちらかだけ選べと言われたら悩むが、できればお得だけこちらへ来て、人込みのほうはどこか遠くへ行ってほしい。

そんな都合のいいことを考えながら帰ってきて、家の静けさにほっとした。結局、いちばんありがたいのは何%還元でもなく、人の少ない場所なのかもしれない。そう思ったが、次にまた大きな還元率を見たら、私はそれはそれで少し心が揺れる気もする。人間というのは、案外その程度のものなのだ。

ちなみに今週末まで利用できるようだ。「無印良品週間2026春|3月20日~福岡店舗&買うべき商品」「JQカード10%オフ・プレミアムデイズはいつ開催? アミュプラザ博多でお得にお買い物」行きたい人はどうぞ。私はもう行きたくない(笑)

d払いタッチ 20%還元 3/19に早期終了 Visa割に続きお前もか……

私はわりと、ポイント還元というものに人生を預けがちな人間である。
スーパーの安売りにはそこまで走らないくせに、「20%還元」と書いてあると急に目の色が変わる。人間の欲というのは、実に細かいところで正直なのだと思う。

そんな私が、ひそかに大事な枠として取っておいたのが、d払いタッチの20%還元である。
3月2日から始まって、15,000円使えば3,000ポイント。しかもdポイント10%増量と組み合わせれば、なんだかものすごく賢い人みたいな立ち回りまでできる。こういう「うまくやれば得をする」という話に、私はたいへん弱い。自分が急に家計の軍師になったような気がするからである。実際は、コンビニでお菓子を買う時にニヤニヤしているだけなのだが。

ところがである。
その大事なd払いタッチが、3月19日で早期終了とのこと。
お前もか……という気持ちしか出てこない。
ブルータス……。

この「お前もか」は、昔、楽しみにしていた給食のデザートが、教室に着くころには欠品していた時の気持ちに少し似ている。私はあの頃から、どうも限定とか先着とかに弱いのである。早い者勝ちの世界では、たいてい出遅れる。そして後から「あのとき動いておけば」と、冷めた焼きそばパンみたいな後悔を噛むことになる。学ばない人間だと思う。

しかも今回は、Visa割に続いての早期終了ラッシュである。
こちらとしては、あれとこれを組み合わせて、1,000円以上はVisa、1,000円未満はd払いタッチ、さらに増量ポイントを出口にして……と、めずらしく脳みそを働かせていたのに、キャンペーンのほうが先に走って行ってしまう。計画を立てた人間だけが取り残される。なんともやるせない。

そもそもd払いタッチという名前も、少し油断ならない。
「d払い」とついているので、ふつうのd払いの仲間かと思えば、iDだったりVisaタッチだったり、しかもVisa割の対象外だったりする。親戚の集まりで見たことある顔なのに、名前と関係性が最後までよくわからない人みたいである。こちらは「お得」という一点だけを見て近づいているから、余計に混乱するのだ。

それでも私は、この手のキャンペーンを見るたびに思う。
現代の買い物は、もはや買うことそのものより、どう払うかのほうが長い。パンを一個買うのに、還元率と上限と対象外条件を確認している自分は、いったい何をしているのだろうと思う。でも、そこを考えている時間が少し楽しいのだから困る。趣味なのか節約なのか、もう自分でもわからない。

d払いタッチの20%還元は終わってしまう。
大事に温存していた枠は、だいたいこうして使う前に消える。人生もポイントも、「今度にしよう」と思ったものから先になくなるのかもしれない。などと少しだけ深いことを考えたが、たぶんそこまでの話ではない。

結局のところ、キャンペーンというものは、桜みたいなものなのである。
咲いているうちに見に行かないと終わる。
そして私はまた、次の還元を見つけては「今度こそ早めに使おう」と思うのだ。毎回そう思っているので、たぶん次も間に合わない。

スマホでタッチでVisa割キャンペーン早期終了で、千円の壁に翻弄された私の話

衝撃のニュースというものは、たいていもっと大きな顔をしてやって来るものだと思っていた。たとえば政治とか災害とか、有名人の結婚とかである。ところがこのたび私のところへやって来た衝撃のニュースは、じつにこぢんまりしていた。「スマホで!タッチでVisa割キャンペーン!」が早期終了するというのである。なんだそんなことかと思う人もいるだろうが、私にとってはけっこうな事件だったのだ。

このキャンペーン、1回1000円以上の決済で抽選のキャッシュバックが受けられるという、なんとも人の心をくすぐる仕組みであった。抽選と聞くと、普段の私は急に世の中を信じなくなるくせに、還元率が高いと聞いたとたん、すぐ信じる。こういうところが私のだめなところなのである。たいして運もよくないのに、なぜか「今回はいける気がする」と思ってしまう。宝くじ売り場の前を通ると毎回ちょっとだけ夢を見る人間と、ほぼ同じ生き物だと思う。

それ以来、私は買い物のたびに「1000円」という数字に支配されるようになった。スーパーへ行って、合計が970円くらいだと落ち着かない。ここまで来たなら、あと30円、いやせっかくだからもう少し余裕を見て100円か200円足したい、という妙な欲が出る。欲というと聞こえはいいが、要するにキャッシュバックに釣られているのである。魚ならもう少し警戒心があるだろうと思う。

この「あと少し足したい病」は、昔、商店街の福引券を集めていたころとよく似ている。母が「あと一枚あればガラガラ回せる」と言い出すと、家じゅうが妙な空気になったものだ。たいして必要でもない豆腐だの洗剤だのを買って、ようやく一回まわせる権利を得る。そして当たるのは、だいたいポケットティッシュである。あのとき私は子どもながら、なんだか人生の仕組みを見た気がした。苦労して手に入るものは、だいたいポケットティッシュ級なのだ。

それなのに大人になった私は、形を変えた福引にまた参加していた。しかも今回はスマホである。文明が進んでも、やっていることはほとんど同じなのだ。レジ前で合計金額を見て、「うーん、あと200円分くらい何かないか」と売り場をうろつく自分は、かなりみっともない。別に誰も見ていないのに、私はなぜかちょっと急いでいるふうを装う。ほんとうは鮭フレークを買う理由など特にない。ただ1000円を超えたいだけである。そんな買い物をして帰宅し、冷蔵庫の奥に増えていく似たような品々を見ると、私は自分の小ささに感心する。人間はここまで小刻みに欲望を調整できるのだなと思う。

一方で、会計が1200円とか1300円になると、今度は「これはこれでうまく乗ったな」と妙な満足感がある。自分のお金で自分の物を買っているだけなのに、少し得したような顔をしてしまう。こういう顔はたぶん、誰に見せてもあまり尊敬されないと思う。

そんな日々が、2026年3月26日23時59分で終わるという。予算上限に達する見込みとのことで、大好評だったらしい。たしかに好評だろうと思う。私みたいな者まで、毎回きっちり金額を気にしていたのだから。しかし残念だなと思う半面、どこかほっとしている自分もいる。もう800円台の会計を見て、店内を二周しなくていいのである。もう「今これを買うと本当に得なのか、それともただ話をややこしくしているだけなのか」と悩まなくていいのだ。

キャンペーンが終わるだけで、こんなにも心が軽くなるとは思わなかった。得をしたい気持ちは、案外、得じゃないのかもしれない。私はそういうどうでもいい結論にたどりつき、たぶん明日も普通にスーパーへ行くのだと思う。そして合計金額が998円だったら、結局ちょっとだけ悔しいのだろう。人間とは、そういうものなのである。

nimocaからICOCAへ:福岡県民の交通ICカード遍歴とWESTERポイントで関西旅行する話

私は長いことnimocaを使ってきた。
それはもう、特別な理由があるわけでもなく、ただ単に福岡県民だからである。福岡でバスに乗れば西鉄、電車に乗っても西鉄、ちょっと油断するとまた西鉄、という具合なので、nimocaを持つのはほとんど空気を吸うくらい自然なことだった。

しかも昔はポイントが付いた。
電車やバスに乗るだけで、ちょこちょこポイントが貯まるのである。私はこういう「気づいたら貯まっているもの」が好きだ。ポイントというものは、努力して貯めると途端にケチくさい気分になるが、知らないうちに増えていると急に愛おしくなるのである。

ところがコロナの頃だったか、西鉄はポイント付与をやめてしまった。
理由はよく知らないが、とにかく終わった。

その瞬間、私はふと思った。
「あれ、nimocaじゃなくてもよくないか?」

よく考えると、電車やバスに乗るだけならSuicaでもPASMOでもICOCAでもだいたい同じなのである。改札はちゃんと開くし、バスの機械も普通にピッと鳴る。交通ICカードというのは、意外なほど互いに寛容な世界なのだ。

しかも世の中には「チャージでポイントが貯まるカード」というものがある。
交通ではなく、チャージで貯まるのである。なんだかズルい気もするが、ルールの中でズルいことができるのが一番賢いのである。

というわけで、私はコロナの頃にSuicaへ乗り換えた。
当時、iPhoneに対応している交通ICがほぼSuicaしかなかったからだ。
「福岡県民なのにSuica」という、少しだけ背徳的な状態になったが、改札は普通に開くので特に問題はなかった。

むしろ、妙な気分のよさがあった。
なんというか、東京でもないのにSuicaを持っている感じが、少しだけ都会のスパイのようである。もちろんスパイ活動は改札を通ることくらいだが。

しかし世の中は変わる。
今度はICOCAがiPhoneに入るようになったのである。

そこで私は、またあっさり乗り換えた。
理由はシンプルだ。
WESTERポイントが貯まるからである。

ここで一つ問題がある。
私は関西人ではない。
むしろ九州の人間である。

さらに言うと、JR九州ですらない。
JR西日本のポイントを、福岡に住む私がコツコツ貯めているのである。
地理的にかなりねじれている。

しかしポイントというものは、不思議と人間を動かす。
私はそのWESTERポイントを使って、週末に関西方面へ旅行に行くのである。

福岡に住み、JR西日本のポイントを貯め、関西へ遊びに行く。
こう書くと、私は一体どこの人なのかよくわからない。

昔はただ西鉄バスに乗っていただけの人間が、気づけばポイントの流れに導かれて関西へ向かっている。人生とは、わりとこういう小さな仕組みに操られているのかもしれない。

もっとも、そんなことを考えながら改札を通ることはない。
ただiPhoneをピッとするだけである。

そしてまたポイントが少し貯まる。
私はそれを見て、なんとなく得をした気分になる。

冷静に考えると、そのポイントを貯めるために旅行している気もするのだが、そこはあまり深く考えないことにしている。

ポイントの世界というのは、だいたいそういうものなのである。

ICOCAチャージはJ-WESTカード経由お得である。

クレカ積立 即売り ポイント生活と残高不足の攻防戦

最近、私はクレカ積立のいわゆる「即売り」というものをしている。
なんだか言葉だけ聞くと、闇市のにおいがするが、やっていることはわりと地味である。積み立てて、すぐ売る。ただそれだけだ。ポイントがぽつぽつと貯まるのが楽しくて、私は毎月せっせと作業している。

ポイントというのは不思議なもので、現金ではないくせに、現金よりうれしいときがある。ゲームのスコアみたいなものだろうか。数字が増えていくと「私、うまくやっているのではないか」と妙な自信が湧くのだ。

しかし問題はそこではない。

クレジットカードの請求額が、毎月だいたい70万円くらいになるのである。

七十万円。

文字にすると、急に現実味が出てくる。
私はそんなに散財していない。ブランド品も買っていないし、高級なお肉も食べていない。それなのに、請求額だけ見ると、港区あたりで派手に遊んでいそうな金額である。私の生活感と金額のギャップが激しすぎる。

支払い日前になると、急にそわそわする。
銀行口座の残高を何度も確認し、証券口座から資金を戻し、別の銀行に移し、また動かし……と、まるでバケツリレーである。しかも自分一人でやっている。

昔、子どものころにお年玉をいくつかの貯金箱に分けていたことを思い出す。「これは使う用」「これはとっておく用」などと真剣に振り分けていたが、結局どれがどれだかわからなくなって、全部ひっくり返していた。
あれから何十年も経つのに、やっていることがほとんど変わっていないのである。規模だけがでかくなった。

しかも、即売りなので実質的には資金は戻ってくる。理屈では安全なのだ。なのに、残高不足という四文字が頭に浮かぶと、心臓がきゅっとなる。
私はいったい何におびえているのだろうか。自分で仕組みを作っておきながら、自分で怖がっている。自作自演もいいところである。

それでも、月末にポイントがちゃんと付与されているのを見ると、にやっとしてしまう。
「今月もがんばったな、私」と思う。
誰もほめてくれないので、自分でほめるしかないのだ。

結局のところ、私はお金を増やしたいというより、数字を動かしている自分がちょっと面白いだけなのかもしれない。銀行間を右往左往しながら、今日も残高を確認する。

そしてまた来月も、同じようにそわそわするのだと思う。
ポイントは増えるが、肝は小さいままである。

Apple Pay対応でポイ活がざわつく朝 ワンバンクと私の小さな野望

今朝、通勤電車の中でスマホをぼんやり眺めていたら、愛用している家計簿アプリのワンバンクがApple Payに対応したという知らせが目に入った。2026年2月24日早朝かららしい。早朝と聞くだけで、なにやらできる会社の匂いがするのである。

VisaプリペイドカードをWalletに登録すれば、コンビニでスマホをかざすだけで決済できるという。しかも家族共有のペアカードもそのまま使えるらしい。私は思わず「ほう」と小さく声を出した。車内で「ほう」と言う40代男性は、だいたい株価か健康診断の結果を見ている人間である。

さらに心を揺らしたのは、Visaの「スマホで!タッチでVisa割キャンペーン」だ。1000円以上のタッチ決済ごとにルーレット抽選で100〜500円キャッシュバックが当たるという。ルーレット、と聞いただけで血が騒ぐのはなぜだろう。私はギャンブルをしないが、無料の抽選にはめっぽう弱いのだ。いわゆるポイ活勢が「激アツ!」と盛り上がる気持ちも、わからなくはない。

思えば昔、スーパーの福引きでポケットティッシュを三つも当てて誇らしげに帰宅したことがある。あのときも確率という名の神様に見放されていたのだが、私はなぜか勝者の顔をしていた。人間とは都合のいい生き物である。

ただし、旧デザインのカードは非対応で、新カードへの切り替えが必要らしい。ここで少しだけ現実に引き戻される。私の財布には、うっすら擦れた旧デザインカードが入っている。なんとなく愛着があるのだが、テクノロジーは愛着を考慮してくれない。登録が殺到してアプリが混み合っているという話もあり、世の中の皆が同じことを考えているのだと知ると、少し安心する。みんな、100円を取りにいっているのだ。

家計管理とポイント活動が一体化する時代。かざすだけで支払いが終わり、さらにルーレットが回る。なんとも忙しい世の中である。私はとりあえず、今夜コンビニで1000円を超えるように無理やりお菓子を足してみようかと思っている。節約のためのアプリで余計な出費をする。これを本末転倒と言うのだろうが、まあ、人生とはだいたいそんなものなのである。

三井住友カードVisa Infiniteで200万円納税?と所得税の現実にひるむ私の話

朝、コーヒーを飲みながらスマホを見ていたら、「三井住友カード Visa Infiniteで実質10万円以上黒字」という文字が目に飛び込んできた。
なんと3月までに200万円利用する予定がある人は、ポイントやら還元やらでウハウハらしい。しかも納税2%還元。200万円を申告納税する人なら、それだけでかなりのポイントがもらえるというのである。

すげー、と思った。

だが同時に、私は静かにスマホを置いた。
私の所得税が200万円もあるわけがないのである。

まず「200万円を納税する人」という言葉が、私の生活圏から完全に浮いている。
200万円といえば、私にとっては「ちょっといい軽自動車」くらいの金額だ。それが税金として消えていく世界。なんだその世界は。別の惑星か。

少し気になって、頭の中でざっくり計算してみた。
所得税200万円ということは、年収はいくらくらいなのだろうか。控除やら税率やらを細かく考えない、私なりの雑な計算でいくと、だいたい年収1,000万円を超えて、もっと上の方の人たちの話なのではないか、という気がする。
「上の方」と書いていて、自分が地面すれすれにいる感じがして少し悲しい。

そういえば子どものころ、年収1,000万円というのは雲の上の存在だった。
「一千万」という響きは、ほとんど「一億」と同じくらい遠かったのである。
駄菓子屋で30円のガムを買うかどうか真剣に悩んでいた私にとっては、1,000万円も1億円も、同じく“買えない金額”という点で大差なかった。

それが今は、カードのキャンペーンで200万円を納税してポイントをもらう世界がある。
世の中というのは広い。広すぎる。

しかし冷静に考えると、200万円を納税できるというのは、それだけ稼いでいるということだ。
税金が高いと嘆きながらも、それだけ払える余力があるわけである。
私はまず、払う税金の額を増やす心配をするより、払う税金が増えるほど稼げるかどうかを心配したほうがよさそうだ。順番が逆なのだ。

それにしても、ポイントが30,000円相当だの、100万円決済で10万ポイントだの、数字が大きすぎて、だんだんゲームのスコアみたいに見えてくる。
私の家計簿の「スーパー 4,382円」という現実味とは、ずいぶん距離がある。

「すげー」と思った気持ちは本物である。
だが同時に、「まあ関係ないな」と思う自分もいる。
この冷めた感じは何なのだろう。負け惜しみなのか、身の丈を知った大人の落ち着きなのか。たぶん前者である。

200万円納税する人はいくら稼いでいるのか。
答えはきっと、「私よりだいぶ稼いでいる人」なのだ。

結局のところ、私は今日もコーヒーを飲みながら、数百円のポイントに一喜一憂する生活を続けるのである。
でもまあ、それはそれで悪くない。

税金が200万円になる日が来たら、そのときは堂々とポイントをもらおう。
今のところは、スーパーの特売で黒字を目指すのが私のVisa Infiniteなのである。

 

アメックスビジネスゴールド特典とtsugitsugi(ツギツギ)1泊無料券の現実

先日、電子メールの海から「1泊無料券」という、なんとも甘美な響きのデータを取り出した。アメックスビジネスゴールドの特典でもらった、旅行サブスクtsugitsugi(ツギツギ)で使えるやつである。
私は40代の会社員。無料と聞けば、たとえそれが試供品の歯ブラシでも心が躍る年頃なのだ。

せっかくだから家族には内緒で、ひとりで東京のホテルにでも泊まってみようかと思った。家には妻と息子が三人。中学生は常にイヤホンをしており、小学生は常に何かをこぼし、幼稚園児は常に私の膝に乗ろうとする。父は常に座る場所がない。たまには、誰にも乗られないベッドで寝たいのである。

そう思って、1月以上先の東京都で検索してみた。
……3件。
しかも、よく見ると「これは本当に東京か?」と地図を拡大したくなる場所ばかりである。

私は思わず画面を二度見した。スマホの表示がバグっているのかと思い、Wi-Fiを切ってみたり入れてみたりした。だが、3件は3件のままだった。どうやら、これは幻ではなく現実らしい。

旅行サブスクという響きは、どこか「いつでもどこでも泊まれますよ」という顔をしている。だが実際は、人気のパン屋の売れ残りコーナーをのぞいている気分である。あればラッキー、なければそれまで。
これに毎月課金している人は、どれくらいの確率で「おっ」と思える宿に出会っているのだろう。もはや修行に近いのではないかと、他人事ながら心配になる。

とはいえ、無料券である。私は一円も払っていない。文句を言う立場ではないのだ。
むしろ「3件もある」と思うべきなのかもしれない。ゼロではない。人生と同じで、可能性はわずかに残されているのである。

結局その夜、私は自宅の布団で、幼稚園児に蹴られながら寝た。
無料の東京ホテルより、無料のキックのほうが現実味がある。
どうやら私の一泊無料は、まだ先の話らしい。

楽天カードあとからリボキャンペーンだけは、私は毎回やってしまうのである

私は基本的に慎重な人間だと思っている。怪しい話には近づかないし、「簡単に儲かる」という言葉を見た瞬間、眉間にしわが寄る。リボ払いなんて、その代表格だ。名前からしてもう怪しい。
なのにである。楽天カードの「あとからリボキャンペーン」だけは、なぜか毎回きっちり取り組んでいる。

今回も例外ではなかった。e-NAVIを開いたら、案の定キャンペーンのお知らせが出ていて、「3万円で2,000ポイント」と書いてある。私はその数字を見た瞬間、「あ、今回もやるな」と思った。悩む時間はほぼゼロである。
こういう判断の早さを、他の場面でも発揮できたら人生はもう少し楽だった気がする。

リボ払いは危険だと、私はよく知っている。昔から「借金製造機」だの「一度ハマると抜け出せない」だの、いろいろ聞いてきた。そのたびに「自分は絶対にやらないタイプ」と思っていた。
ただし、「キャンペーンのときだけ」は別枠なのである。この理屈が通るかどうかは分からないが、私の中では完全に成立している。

手順もすっかり体に染みついている。
エントリーして、支払額を1万円以下に設定して、明細からあとリボ。自動リボにチェックが入っていないかを三回くらい確認する。この確認の多さに、私の小心者ぶりがよく表れている。

設定が終わったら、すぐに繰り上げ返済。
「あとでやろう」は、だいたい忘れる。これは私自身を長年観察してきた結果、導き出された確かな事実だ。数百円の金利でも、「まあいいか」と思った瞬間に負けだと思っている。

こうして私は、リボ払いを使っているのに、ほぼリボ払いらしいことは何もせず、ポイントだけをもらう。
なんだかズルをしているような気もするが、ルール通りなので問題はない。むしろ、カード会社の想定とはだいぶ違う使われ方をしている気がする。

結局、このキャンペーンだけは、これからも私はやり続けるのだと思う。
立派なポイ活でもないし、胸を張るほどの話でもない。ただ、「危ないものには近づかないけど、チラッとは見る」という、私らしい距離感なのである。
たぶん次回も、私は何事もなかった顔でe-NAVIを開いている。

ちょっと面倒な手順はいつもの他人に任せてしまおう。「 楽天カードのあとからリボ キャンペーンの攻略 実質ポイントバラマキ 1/23~2/11 」を読んでくれれば大体わかるはずだ。健闘を祈る。

アメックスビジネスゴールドと300万円使った記憶のない無料宿泊券

ある日、メールボックスにやけに景気の良さそうな件名が届いた。「【ビジネス・フリー・ステイ・ギフト】予約コード(300万円達成分)のご案内」。
一瞬、誰か別の人に届くはずのメールが迷い込んだのかと思ったが、よく見たら私宛だった。どうやら惰性で使い続けているアメックスビジネスゴールドの年間利用金額ボーナスらしい。

300万円。数字だけ見ると、軽くひっくり返りそうになる。そんなに使った記憶はない。というより、思い出したくない。日々の経費やら、ちょっとした支払いが積み重なった結果なのだろうが、「知らぬ間に」という言葉ほど怖いものはないと思う。
同時に「無料で1泊」という言葉が、心の弱い部分を優しく叩いてくる。

気づいたら対象の宿を眺めていた。写真はどこも立派で、部屋は広く、窓の外には海や山がある。こういうところに泊まれば、人生が一段階上に行った気分になれる気がする。実際は一晩寝て帰るだけなのに、不思議なものである。
昔、独身の頃なら「よし行こう」と即決していたと思う。誰と行くかも決めずに、勢いだけで。

しかし今は家族持ちである。ふと冷静になって、条件を読み返す。「ペア宿泊券」。ここで現実に戻る。
夫婦二人で泊まるには子どもの段取りがいるし、かといって誰かを置いて行くほどの罪悪感を乗り越える元気もない。家族全員で泊まれない無料は、だいたい保留になる運命なのだ。

結局、そのメールは既読のまま放置されている。
300万円使った後悔と、使いきれない特典。どちらも私らしいなと思った。
たぶんこのまま、有効期限ギリギリまで悩むのだろう。それもまた、カード社会の正しい使われ方なのだと思うことにした。