Netflixで東京喰種を見たら休日が消えた話|アニメ一気見と時間消失の謎

休日の昼下がり、私は特に目的もなくテレビをつけ、なんとなくNetflixを開いた。洗濯は終わっているし、外に出るほどの元気もない。こういう日は、だいたいろくなことにならない。案の定、おすすめ欄に出てきた東京喰種を、私は軽い気持ちで再生してしまったのである。

最初は一話だけのつもりだった。設定を確認する程度、世界観を味見するくらいの感覚である。それが気づけば二話、三話と進み、金木くんが苦しめば私も苦しくなり、戦闘シーンが始まればなぜか姿勢が良くなる。人は椅子に座っているだけで、こんなにも体力を使うものなのかと不思議に思った。

途中で一度、時計を見た。まだ夕方だと自分に言い聞かせたが、その「まだ」が罠だった。昔、テスト前に「まだ三日ある」と思っていたら、気づけば前日になっていたあの感じに似ている。人間の時間感覚は、都合よく歪むようにできているのだと思う。

ここで一応、言い訳をしておくと、決してスマスロをしてから見始めたわけではない。最初から素面で、健全な精神状態だった。なのに休日が溶けた。これはもう、作品の引力が強すぎたということにしておきたい。

気づけば夜である。外は暗く、私は何も生産していない。掃除もしていないし、散歩もしていない。ただアニメを見ていただけなのに、妙な達成感だけが残っている。人を食べる話を見て、一日を食べられた気分だ。

まあ、休日とはそういうものかもしれない。何かを得たようで、実は何も得ていない。でも確実に疲れている。次の休みは有意義に過ごそう、たぶん。そう思いながら、私は次のエピソードのサムネイルを、そっと無視したのである。

 

これもUQモバイルでNetflixが無料で見られるというキャンペーンのせいなのだろう。おしえてくれた、しょうこ先生ありがとう。詳しく知りたい人は「 au・UQモバイルユーザー必見!Netflixがタダになる衝撃キャンペーン 」を読んでほしい。

ちなみに、今は「僕のだぞ!」や「幼稚、幼稚」のシーンあたりまでみて複線回収しているところ。激熱。

アイラブホームフェア2026 福岡|マリンメッセで住宅設備とパンに心が揺れた話

正月気分がまだ靴底にくっついている一月、私はなぜか「入場無料」という言葉に吸い寄せられて、博多の海のほうまで出かけることにした。目的地はマリンメッセ福岡である。家づくりの展示会だと聞いていたが、正直に言うと、私はいまだに自分がどんな家に住みたいのか、よく分かっていない。

会場に入ると、キッチンだのトイレだのが、これでもかというほど並んでいた。どれも立派で、我が家の年季の入った流し台が急に申し訳なさそうな顔をして頭に浮かぶ。人間、見なければ平気なのに、見てしまうと欲が出るのである。

そういえば昔、実家のリフォームで父が「床は一生モノだ」と力説していたのを思い出した。結果、選ばれた床は一生モノというより、一生ギシギシ鳴る床だった。展示されている最新の床材を踏みながら、父のその後の沈黙を思い出し、私は一人で勝手に納得していた。

会場のあちこちには、脱炭素だのGXだのという、ちょっと賢そうな言葉が並んでいる。説明を聞いているうちに、分かったような分からないような顔をしてうなずく自分がいた。たぶん係の人は、私の理解度など最初から期待していないのだと思う。そう思うと気が楽だった。

それよりも私の足を止めたのは、パンとドーナツである。住宅の未来より、今日のおやつに心が傾く自分が情けないが、空腹には勝てない。展示会なのに、なぜかカフェ気分である。

主催が越智産業株式会社だとか、出展が100社以上だとか、すごい数字はたくさんあった。でも結局私の頭に残ったのは、「入場無料でパンが買える」という事実だけだった。

家づくりの未来を考えるはずが、今日の晩ごはんのことを考えながら帰路につく。まあそれも、私なりの住まいとの向き合い方なのだと思うことにした。

開催は15日~16日です。

詳細:アイラブホームフェア2026|福岡・マリンメッセで1/16・17開催!入場無料の住宅設備展示会

祝日なのに仕事してしまう私とWEBサイト修正依頼という名の魔物

今日は祝日なのである。カレンダーも赤いし、世間も休みムードだし、私の気持ちも朝の段階では「今日は何もしないぞ」という、根拠のない決意に満ちていた。洗濯も後回し、メールも見ない。そう心に誓っていたのに、スマホがピロンと鳴った。

WEBサイトの修正依頼であった。
しかも「ちょっとだけ」「急ぎで」という、社会人が一番弱い言葉がセットである。

私は一瞬、祝日だぞ、と心の中でつぶやいた。声に出して言えばよかったのに、なぜか言わない。言わずに、なぜかパソコンを開いている自分がいる。ここがもうダメなのである。

こういう時、私はいつも「見るだけ」「内容を把握するだけ」と自分に言い聞かせる。見るだけのはずが、気づくとコードを触っている。軽い修正のつもりが、なぜかデザインまで気になってくる。祝日なのに、私は何をしているのだろう。

思えば昔からそうだった。テスト前に限って部屋の掃除を始めたり、夜中に突然模様替えをしたりするタイプだった。やらなくていい時ほど、なぜかやってしまう。しかも「自分は今、頑張っている」とどこかで思いたいのだと思う。

作業をしながら、コーヒーを飲む私。休日用に買っておいたお菓子を、なぜか仕事のお供にしている私。祝日感は、すでにどこにもない。誰に頼まれたわけでもなく、誰に強制されたわけでもないのに、勝手に働いているのである。

そして一通り修正が終わると、なんとも言えない達成感と、ほんの少しの虚しさが残る。ああ、今日もちゃんと休めなかったな、と思う。でも同時に「まあ、これが私か」とも思う。

祝日に仕事をしてしまう私の性格は、たぶん一生直らない。だから次の祝日も、きっと私は「今日は休みだぞ」と思いながら、パソコンを開いているのだろう。それでいいのか悪いのかは、もうよく分からないのである。

今日は成人の日か。新成人の皆さんおめでとう。

幼稚園児の補助輪を外した日、私の足腰も試される

幼稚園児の三男の自転車の補助輪を、ついに外した。
工具を出してネジを回すだけの簡単な作業なのに、なぜかこちらの気持ちは少し重たい。「本当に大丈夫なのか」「泣くのではないか」など、余計な心配が次々と浮かぶのである。

自分の子どもの頃を思い出すと、自転車に乗れるようになるまで、やたらと時間がかかった記憶がある。何日も何日も練習して、膝は擦りむけ、心は折れかけ、それでも乗れなかった。あの頃の私は運動神経というものを、家に置いてきたのではないかと思うほどだった。

ところが三男は違った。
最初はもちろんふらふらしていたが、私が後ろを支えつつ、1時間も練習したら、なんとなく前に進むようになったのである。止まり方はまだ怪しいし、曲がるときはだいぶ大回りだが、それでも「乗れている」と言っていい状態だ。

それを見ながら、私は感動するより先に、「あれ、私より上達早くないか」と思ってしまった。親としてどうなのか分からないが、正直な感想である。遺伝って、都合のいいところだけ受け継がれないものだな、と思う。

練習が終わると、三男は息を弾ませながら「明日もやりたい」と言った。その顔が嬉しそうで、こちらも嬉しい。嬉しいのだが、同時に明日の自分の姿を想像して、少し遠い目にもなる。中腰で走り続け、変な筋肉を使い、夜に湿布を貼る未来が、わりとはっきり見えるのである。

それでもまあ、こういうのは今だけなのだろう。
そのうち「来なくていい」と言われる日が来る。そう思うと、疲れる予感ごと引き受けるしかないのだ。明日も私は、公園でふらふら走る。三男より先に、私のほうが転ばないように気をつけながら。

宝くじは貧乏人の税金?それでも楽天銀行おまかせBIGで6億円を夢見る私の日常

宝くじは貧乏人の税金だ、という言葉は知っている。たしかに、あれは夢を買うというより、夢を維持するための会費みたいなものだと思う。そう思っているくせに、私は楽天銀行のおまかせBIGを300円だけ自動設定している。堂々たる矛盾である。

300円という金額がまたいやらしい。高すぎず、安すぎず、コンビニでお菓子を一個我慢すれば成立する額だ。私はこれを「未来への寄付」と呼んでいるが、誰に寄付しているのかはよく分からない。多分、平行世界の金持ちの私だ。

過去の戦績はひどい。4等が一回、そのほかはほぼ5等。しかも私は結果をきちんと見ていない。なぜなら、見た瞬間に現実が確定してしまうからである。封筒を開けなければ合否は決まらない受験票と同じ理屈だ。違うのは、合格している可能性が限りなく低い点である。

それでも設定を解除しないのは、ある日突然、口座に6億円が振り込まれている世界線が、まだ損なわれていないからだ。その可能性がゼロにならない限り、私は月曜日の朝でも少しだけ機嫌よく生きられる。残高確認のたびに、ほんの一瞬だけ呼吸が止まるのも悪くない。

冷静に考えれば、その6億円でやりたいことも特にない。仕事を辞めるかどうかも迷うし、豪邸に住んだら掃除が大変そうだ。結局、今と同じようにゴロゴロして、税金の計算で頭を抱えている気もする。

つまり私はお金が欲しいのではなく、「もしかしたら」という状態が好きなのだと思う。300円で一か月分のワクワクが買えるなら、まあ安い。貧乏人の税金と言われようが、今日も私は残高ゼロの夢を大事にしているのだ。

ちなみになぜ貧者の税金なのかというと、宝くじは半分程度が寺銭で結局公共施設等の整備に使われているからである。このあたりは「宝くじは貧乏人に課せられる税金?貧者の税金、愚者の税金といわれる理由」が詳しい。またしても説明は他社丸投げである。

社長メールスパムとクレジットカード残高不足に挟まれた一日の記録

その日は、どうやら「信用」を試される日だったらしい。
朝、社長からのメールを装ったスパムに遭遇し、私は現代社会の警戒心を一段階引き上げたばかりだった。
最近のスパムは巧妙で、こちらの社会性をピンポイントで突いてくる。
私は少しだけ、自分を誇らしく思っていた。引っかからなかったからだ。

ところがその日の午後、今度は電話が鳴った。
知らない番号。
出ると、あの独特な声である。
「ジュウヨウナオシラセガアリマス」
抑揚のない機械音声。
私は反射的に「はいはい、またね」と思った。今日の私は騙されない。

だが、なぜか胸の奥がざわっとした。
結局、案内に従って番号を押した私は、すでに負けている。

結果から言うと、本物だった。
クレジットカードの引き落としが、残高不足で落ちていなかったのだ。
ジュウヨウナオシラセは、ジュウヨウだったのである。

私はしばらくスマホを見つめた。
朝は疑いすぎて正解、昼は疑いすぎて失敗。
人を信じない態度が、必ずしも賢さにはならないらしい。

考えてみれば、残高不足というのも心当たりはある。
コンビニで「ちょっとしたご褒美」を重ねた結果が、こうして機械音声に告げられただけだ。
スパムよりも、現実のほうがよほど容赦ない。

その日、私は二つの「重要なお知らせ」に出会った。
一つは無視して正解、もう一つは無視しなくて正解。
結局のところ、
信用できるかどうかは、声の滑らかさではなく、残高で決まることもあるのだと、どうでもいい学びを得た。

 

ちなみに、軽く書いているがカードの与信を甘く見ない方がいい。そのあたりは「クレジットヒストリー(クレヒス)の重要性と信用情報」に含蓄のある内容が書かれている。私は説明しない。

七草がゆは朝に食べるものだと思っていた|1月7日の夜と中学生の胃袋

七草がゆといえば朝、というのが私の中の常識だった。なぜ朝なのかはよく知らないが、なんとなく朝の寒い台所で、眠い目をこすりながら食べるもの、というイメージがある。ところが今年の1月7日、我が家の七草がゆは夜に出てきた。仕事から帰ってきて、コートを脱いだその先に、湯気を立てた七草がゆが待っていたのである。

私は一瞬、今日が何日なのか分からなくなった。正月はもう終わったはずだし、夜に七草がゆというのも、なんだか時差ボケのようで落ち着かない。だが妻は特に気にした様子もなく、「今日七草だから」と言った。そう言われると、こちらも「そうか」と納得するしかない。縁起ものは、出されたタイミングで受け入れるのが大人の態度なのだと思う。

七草がゆは、相変わらず七草がゆの味だった。セリ・ナズナ・ゴギョウ・ハコベラ・ホトケノザ・スズナ(カブ)・スズシロ(ダイコン)。名前だけ聞くと元気そうだが、味はとても控えめである。夜に食べるには、あまりにも静かな食べ物だ。例えるなら、テンションの低いラジオ番組のような感じである。

私は食べながら、「七草って全部言える人、どのくらいいるんだろう」と考えていた。毎年聞いているのに、毎年新鮮に忘れる。人の記憶というのは、都合のいいことだけ覚えて、どうでもいいことはすぐ逃がすようにできているらしい。

そんな中、またしても意外な光景が広がった。中学生の長男が、夜の七草がゆを「うまい」と言い、しかもおかわりをしたのだ。夜だぞ? 成長期とはいえ、もっとパンチのあるものを欲しがりそうなものなのに、七草がゆで満足している。私は内心、「本当にそれでいいのか」と思ったが、口には出さなかった。

結局、七草がゆが朝だろうが夜だろうが、食べる人が納得していれば問題ないのかもしれない。私は一杯で十分だったが、長男は二杯目に幸せそうだった。それを見て、七草のご利益というのは、胃腸よりも家族の意外な一面を知ることなのだと、どうでもいい結論に落ち着いたのである。

早起き父の弁当作り奮闘記|鮭弁当と朝食パスタの朝

妻が急に「ちょっと実家に行ってくる」と言い残して出かけた翌朝、私は長男と次男の朝食と弁当作りというミッションを授かった。

授かったというより、落ちてきたという感じである。料理は嫌いじゃない。むしろ嫌いじゃない部類に入ると思う。ただし、タイムリミットが午前7時30分という条件付きになると話は変わってくる。普段、そんな時間に完成を求められる料理などしていないのだ。

というわけで私は、朝5時30分に起きる完璧な計画を立てた。逆算もした。段取りも頭の中では完璧だった。ところが人間というのは、肝心なところで裏切る生き物である。目が覚めたら、まだ4時だった。目覚ましも鳴っていない。外も当然暗い。私は布団の中でしばらく考え、「もう起きるか」と、なぜか前向きな結論に達した。

台所に立つと、妙に頭が冴えている。鮭を焼き、ご飯を詰め、弁当は鮭弁当と決め打ちである。迷わない朝は強い。結果、5時には弁当の準備もすべて終わってしまった。時計を見て、私は少し不安になった。やることが、ない。
そこで凡ミスが発覚する。弁当でご飯を全部使い切ってしまったのだ。炊飯器は空っぽで、なぜか誇らしげに軽い。朝食用の白米は存在しない。ここで私は一瞬、冷凍ご飯という文明の利器を思い出したが、なぜか使いたくなかった。早起きテンションというのは、時々意味不明な判断を下す。

結果、朝食は鮭とピーマンのパスタになった。和なのか洋なのか、自分でもよく分からない。子どもたちは特に文句も言わず食べていたので、まあ成功なのだと思う。

私はコーヒーを飲みながら、「早起きは三文の徳って、こういう手持無沙汰も含めての話なのか」と考えた。結局その時間は、特に有意義でもなく、ただ静かに過ぎていった。
早く起きすぎると、段取りは良くなるが、時間は余る。余った時間をどう使うかまでは、誰も教えてくれない。次に同じミッションが来たら、たぶん私はまた早起きするだろう。そしてまた、ご飯を使い切る気がするのだ。

初めてのXスペース対談で、私は二重に見られていた話

初めてXのスペースというものをやった。
ボタンを押せばすぐ始まるし、顔も出ないし、気楽なもんだろうと思っていたのだが、実際はそうはいかなかった。思ったよりも私は、しどろもどろだったのである。

今回は対談だった。一対一で誰かと話す、というだけなら、これまでにもそれなりに経験はある。喫茶店でも、電話でも、オンラインでも、相手の顔や声に集中すればいい。しかしスペースには、もう一人、いやもう一団体、聞き手がいる。リスナーという名の、姿の見えない人たちである。

この「見えない」というのが、私にはやっかいだった。
目の前の相手に話しているつもりなのに、同時に「今これ、誰か聞いてるんだよな」という意識が、後頭部あたりに常にへばりついている。まるで、家で独り言を言っていたら、実は窓の外に人がいた、みたいな感じである。落ち着かない。

そういえば昔、授業で音読をさせられたときも似たような感覚があった。先生に向かって読めばいいのに、後ろの席のクラスメイトたちの気配が気になって、急に漢字が読めなくなる。あのときの私は、「急にバカになったのでは」と本気で心配したが、今回もどうやら同じ症状だったらしい。

話しながら、自分でも「あ、今ちょっと変な間が空いたな」とか、「その話、そんなに面白くないぞ」とか、いちいち自分にツッコミを入れてしまう。そのせいで、余計に言葉が遅れる。頭の中が、話す私と反省する私で二分されて、軽く渋滞していた。

終わってから、「うまくしゃべれなかったなぁ」と反省したが、よく考えれば、初めてでうまくいくわけがない。なのに私は、なぜか最初から、そこそこ流暢な自分を想定していたのである。この自己評価の高さと現実のギャップには、毎回驚かされる。

まあ、慣れの問題なのだろう。たぶん何回かやれば、リスナーの存在も空気みたいになるに違いない。そう思うことにした。
次回もたぶん、少しは緊張するだろうが、それも含めて私なのだ、と都合よく納得しておく。どうせまた、しゃべり終わってから反省するのだろうし。

Apple初売り(2026)でApple Watch SE3を買って王様になった話

1月2日、正月気分がまだ布団の中に残っている時間に、私はAppleの初売りをのぞいた。別に急ぎの用もないのに、初売りという言葉には人を無条件でクリックさせる力があると思う。気づけばApple Watch SE3をカートに入れ、ウキウキしながら購入を完了していた。新年の私、えらい。
と思っていたのだが、数日後にそのウキウキは静かに床へ落ちた。

注文確認メールを何気なく見返していたとき、宛名欄に違和感を覚えた。自分の名前のはずなのに、見たことのない漢字が混ざっている。というか、混ざっているどころか、もはや別人である。「なんちゃら王」みたいな、歴史の教科書に出てきそうな名前になっていた。
どうやったら自分の名前を王様にしてしまうのか。漢字変換というのは、たまに人の人生を勝手に大河ドラマにする。

思えば昔から、私は変換ミスに恵まれてきた。学生時代、友人へのメールで「了解」を「領海」と打ち間違え、急に国防の話になったことがある。あの頃から、変換候補をろくに確認しない癖は何も変わっていない。成長とは何だろうと思う。

1月5日の朝。商品はまだ発送されていない。王様宛ての荷物として倉庫で戸惑っているのではないか、と余計な想像をしてしまう。配達員さんがインターホン越しに「王様はいらっしゃいますか」と聞いてきたらどうしよう。いや、どうもしないのだが。

とはいえ、住所は合っているし、たぶん大丈夫なのだと思う。世の中、名前が多少おかしくても時計はちゃんと届く。そう考えると、人間の名前というのは意外と重要ではない。
次からは変換を確認しよう、と思いながら、たぶんまた同じことをやるのだろう。私の中の王様は、今日も健在なのである。

ちなみにAppleの初売りは本日1月5日までなのだそう。
みんなは王さまのように偉ぶることなく注文してほしい。Appleギフトカードを事前に買って買うとお得に買える。王様なのにケチなのだ。

参考:【2026年】Apple初売り徹底攻略!買うべき「お得な製品」と「見送るべき製品」のリストとお得な買い方