映画ドラえもん 新海底鬼岩城 子どもと映画館に行ったのに山派と海派とクーポンのことばかり気になった話

子どもといっしょに『ドラえもん のび太の新海底鬼岩城』を見に行った。こういう映画は、親子で夢と冒険を味わうものなのだと思う。たぶん世の中的にはそういうことになっている。だが実際の私は、夢と冒険を味わう前に、まずクーポンと座席とポップコーンのことを考えていた。大人になると、感動の前に段取りが来るのである。なんだか気の毒な話だ。

予約はもちろんPontaパスである。ユナイテッド・シネマのキャナルシティで、大人料金が1400円になる。しかもポップコーンとドリンクのセットが400円で買える。これはかなりえらい。映画館の飲み物というのは、少し気を抜くと「この一杯で定食が食べられるのではないか」という値段になるので、400円という数字はもはや救いである。私はこういうお得情報に出会うと、急に世の中の裏道を知ってしまったような顔になる。たかがクーポンであるのに、人は妙に誇らしくなるのだ。

こういう時、私はいつも思う。ぜひここでアフィリエイト広告でも貼って、「みなさんもお得に映画をどうぞ」と景気よく宣伝したいものだと。文の途中に、いかにも親切そうに「こちらから」などと入れてみたい。だが、残念ながら案件がないのである。ほんとうに残念だ。こっちは宣伝する気だけは十分にあるのに、肝心の依頼が来ない。世の中というのは、こちらのやる気と収入がきれいに噛み合わないようにできているらしい。

それでもクーポンを手に、私はかなり上機嫌だった。今日は賢く立ち回っている、ぬかりのない大人だ、という気分で売店に向かったのである。だが、そういう時ほど人は転ぶ。ポップコーンセットのクーポンを出したところ、どうも注文がツードリンクセットになっていたようで、クーポンが使えなかった。私は一瞬、耳を疑った。そんなことがあるのかと思ったが、あるのである。しかもすでに商品が用意されていた。ポップコーンはもう、こちらの迷いなど知らぬ顔で堂々と置かれている。飲み物も完成している。ここで「じゃあやめます」と言える人は、よほど心が強い。私は弱い。

断腸の思い、という言葉は、こういう時に使うのかもしれないと思った。もちろん本来はもっと重大な場面に使うのだろうが、私の中ではかなりの断腸だった。だが大人は、こういう時に平気な顔をしなければならない。「あ、大丈夫です」と、なんでもない風を装うのである。全然大丈夫ではない。心の中では、小さな私が床を転がって「400円……」と言っている。だが表面上は落ち着いている。落ち着いて会計を済ませ、落ち着いて商品を受け取り、落ち着いて少しだけ損をした現実を飲み込む。大人とは、感情をのみ込む生き物なのだと思う。だいたい、こういうどうでもいいことで。

そんな小さな敗北を胸に抱えつつ席につき、いよいよ映画が始まった。子どもは当然わくわくしている。私はポップコーンをひとつつまみながら、「まあ、映画がよければすべてよしだ」と自分に言い聞かせていた。たぶんこういう時、人は何か大きなもので小さな損失を薄めようとするのである。人生はだいたいそうだ。

ところが映画が始まってまもなく、今度は別のことが気になり出した。最初の場面で、のび太としずかちゃんは山に行きたいと言い、ジャイアンとスネ夫は海に行きたいと言っていたのである。私はそこで「あれ」と思った。旧版では逆ではなかったか。たしか逆だった気がする。映画はもう始まっているのに、私の頭の中では別の会議が始まってしまった。山派と海派の再編問題である。実にどうでもいい。

昔から私は、こういう本筋と少しずれたことばかり気にするところがある。学校でも、先生の話の内容より、教室の後ろの掲示物がちょっと曲がっているほうが気になった。みんなが大事なことを聞いている時に、私は「この紙、左上だけ少し下がっているな」と思っていたのである。だから今も、映画の冒険より先に、キャラクターの希望の配置換えが引っかかるのだろう。脳の使い方があまり立派ではない。

なぜ逆にしたのかはわからない。今のキャラクターの印象に合わせたのかもしれないし、話の流れをすっきり見せるためかもしれない。しずかちゃんは山の清潔な空気が似合うし、スネ夫は海のレジャー感がよく似合う。ジャイアンも海のほうが勢いで押していけそうだし、のび太はどちらでも少し頼りないから、しずかちゃん側に置いたほうがなんとなく収まりがよい。たぶんそういうことなのだろう。いや、全然違うかもしれないが。

子どもは当然、そんなことはひとつも気にしていなかった。クーポンが使えなかったことも、山と海の配置が逆なことも、まるで問題にしていない。画面の中のドラえもんたちに夢中で、ただ映画をまっすぐ楽しんでいる。その姿を見ると、正しいのはたぶん子どものほうなのだと思う。私は映画を見に来たのに、節約の失敗と細かい違和感を大事に抱えている。忙しい客である。

でも、そういうどうでもいいことが妙に記憶に残るから不思議だ。映画の感動といっしょに、「あのクーポン使えなかったな」とか、「山と海、逆だったな」とか、そんな細いことが一本ひっかかったまま帰るのである。大人になると、人生はこういう小さな引っかかりでできていくのかもしれない。感動だけでは、案外きれいに流れてしまう。

結局、映画を見た日の私の記憶は、海底の冒険とポップコーンの損失と山海の配置が三つ巴になっている。どれが主役なのかよくわからない。だが、たぶんそれでいいのだと思う。親子で映画を見に行った日というのは、立派な思い出であると同時に、クーポンひとつで少しだけ心が揺れる日でもあるのだ。

そう考えると、大人というのは案外せわしない。お得に喜び、使えずにしょんぼりし、映画ではどうでもいいところにひっかかる。だがその全部を含めて、たしかにその日の私だったのである。だからまあ、ポップコーンが少し高くついたことも、山と海が逆だったことも、まとめて映画館の味だったということにしておこうと思う。ほんとうに、どうでもいい納得なのである。

福岡の映画館については「2026年版 天神や博多駅など福岡市内の映画館情報とお得な割引サービス」がよくまとまっていると思う。

深夜チャーハンと受験生と「セイシュンの食卓」おかたまチャーハンの復刻レシピの話

夜というものは、だいたい静かである。
特に受験生のいる家の夜は、わりと妙に静かだ。

うちの息子も受験生なので、夜になると机に向かっている。向かっている、という表現が正しいかどうかは微妙であるが、とにかく机の前には座っているのである。親としてはそれだけでも「まあいいか」と思うことにしている。

そんな静かな夜中、台所で水を飲もうとしていたら、息子がぼそっと言った。

「おなかすいた。なんか作って」

受験生というのは、なぜ夜中に腹が減るのだろう。
昼間に三食きちんと食べているはずなのに、勉強と空腹はなぜかセットでやってくるのである。

私は一瞬、「インスタントラーメンでいいじゃないか」と思った。
思ったが、冷蔵庫を開けるとラップに包まれたご飯がぽつんと入っていた。

こういうとき、人は妙にやる気を出すものだ。

「よし、チャーハンでも作るか」

といっても、立派なチャーハンではない。
私の中でチャーハンといえば、ある特定のものなのである。

その名も「おかたまチャーハン」。

これは私が大学生のころ、人生で初めての一人暮らしを始めたときに知った料理だ。
当時、母が「これ、あんた好きそうだから」と言って、なぜか漫画を一冊置いていった。

それが「セイシュンの食卓」という本だった。

料理本なのに漫画なのである。
しかも出てくる料理は、やたらと雑である。

学生の部屋にある材料だけで作れるような料理ばかりで、今思えばかなりいいかげんなレシピなのだが、当時の私はそれを大いに気に入った。

中でもよく作ったのが、この「おかたまチャーハン」だった。

作り方は驚くほど単純である。

ご飯。
卵。
かつおぶし。
醤油。
塩コショウ。

以上。

「これで本当に料理なのか」と言われそうな材料だが、フライパンで炒めるとそれなりにチャーハンっぽくなるのだから不思議なものである。

大学生のころの私は、これをよく夜中に作って食べていた。
お金がないので具など入らない。
ネギすらない。

今思うと、栄養のことなど一切考えていない食生活である。

しかし若いというのは恐ろしいもので、そんなものでも十分に生きていけたのである。
むしろ「うまい」と思っていたのだから、人間の味覚というのはかなりいいかげんだと思う。

そんなことをぼんやり思い出しながら、私はフライパンでご飯を炒めた。
卵を落とし、かつおぶしをばさっと入れて、醤油をたらす。

ジュワッという音がして、台所に懐かしい匂いが広がった。

私はちょっとだけ、「おお、これこれ」と思った。
四十を過ぎた人間が深夜にそんなことで感動しているのだから、人生というのはだいぶ丸くなるものだ。

皿に盛って息子に出すと、彼はわりと勢いよく食べた。

「うまい」

と言いながら、もりもり食べている。

受験生というのは、味の細かいことをあまり気にしない生き物らしい。
それとも本当にうまかったのかもしれないが、そのへんはよくわからない。

ただ、食べている息子を見ながら、私はちょっと不思議な気分になった。

大学生のころ、夜中にこのチャーハンを作っていた私。
そして今、受験生の息子のために同じチャーハンを作っている私。

時間というものは、だいたい静かに流れていく。
気づいたら四十を過ぎている。

昔は「セイシュンの食卓」を読んでいる側だったのに、今では完全に「深夜にチャーハンを作る親」の側なのである。

まあ、人生というのはそういうものなのだろう。

それにしても、あの漫画のレシピが二十年以上たってまだ役に立っているとは思わなかった。

青春というのはとっくに終わった気がしていたが、どうやらフライパンの中には、まだ少し残っていたらしい。

もっとも、それがかつおぶしの香りなのか青春なのかは、正直よくわからないのである。

壮大な謎と書いて、だいたい日常と読む ― 古代エジプト展と私の安心感

古代エジプトという言葉には、いつも「壮大な謎」という便利なラベルが貼られている気がする。スーパーで言えば「産地直送」と書いてある野菜くらい、なんとなく信用してしまう言葉なのだ。私も例外ではなく、ピラミッドとかファラオとか聞くだけで、難しいことは考えずに「すごい」「わからない」「とりあえず拝んでおこう」という気持ちになるタイプである。

そんな私が、ブルックリン博物館のコレクションを中心にした古代エジプト展を眺めていたら、少し拍子抜けするような感覚に陥った。展示されているのは王の権力や死後の世界といった、いかにも非日常なものばかりなのに、なぜか漂ってくるのは「生活感」なのである。住居や食事、仕事、育児。どれも私の毎日と地続きで、数千年も前の話だという実感が薄れてくる。

そういえば昔、歴史の教科書を読んでいても、私は年号より「この人もごはん食べてたんだろうな」という部分ばかり気になっていた。テストには一切出ない。自分でも困った性格だと思う。

本展を監修している河江肖剰氏の研究や映像は、ピラミッドを神秘の象徴として消費する視線から、そっと距離を取らせてくれる。クフ王やラメセス2世も、絶対的な存在である前に、制度や技術、信仰の中で生きていた一人の人間だったのだろう。そう思うと、急に親戚のおじさんのような気配がしてくるから不思議である。もちろん会ったことはない。

死後の世界への執着やミイラづくりも、「どう生きて、どう忘れられたくないか」という切実な問いの延長線上にあるらしい。猫のミイラまで丁寧につくられているのを見ると、愛情というものは時代を超えても、だいたい同じ方向に暴走するのだなと思う。私も飼っていた金魚のことを、いまだに思い出すので、人のことは言えない。

文明のすごさに圧倒されながら、最後に残った感想はとても地味だった。人間は昔から、あまり変わっていないのではないか、ということである。不安も願いも、たぶん今と同じくらい雑多で、同じくらい切実だったのだろう。そう考えると、こちらの悩みも少し軽くなる。ピラミッドの影に、もう答えは置き去りにされているのかもしれない。もっとも、それを取りに行く元気は、今のところあまりないのだが。

そんな体験をしたい人は2026年3月8日(日)まで福岡市美術館でエジプト展を体験してきてみてはいかがだろうか。

参考:古代エジプト展 福岡|2025年12月13日から福岡市美術館で開催!

幼稚園児の補助輪を外した日、私の足腰も試される

幼稚園児の三男の自転車の補助輪を、ついに外した。
工具を出してネジを回すだけの簡単な作業なのに、なぜかこちらの気持ちは少し重たい。「本当に大丈夫なのか」「泣くのではないか」など、余計な心配が次々と浮かぶのである。

自分の子どもの頃を思い出すと、自転車に乗れるようになるまで、やたらと時間がかかった記憶がある。何日も何日も練習して、膝は擦りむけ、心は折れかけ、それでも乗れなかった。あの頃の私は運動神経というものを、家に置いてきたのではないかと思うほどだった。

ところが三男は違った。
最初はもちろんふらふらしていたが、私が後ろを支えつつ、1時間も練習したら、なんとなく前に進むようになったのである。止まり方はまだ怪しいし、曲がるときはだいぶ大回りだが、それでも「乗れている」と言っていい状態だ。

それを見ながら、私は感動するより先に、「あれ、私より上達早くないか」と思ってしまった。親としてどうなのか分からないが、正直な感想である。遺伝って、都合のいいところだけ受け継がれないものだな、と思う。

練習が終わると、三男は息を弾ませながら「明日もやりたい」と言った。その顔が嬉しそうで、こちらも嬉しい。嬉しいのだが、同時に明日の自分の姿を想像して、少し遠い目にもなる。中腰で走り続け、変な筋肉を使い、夜に湿布を貼る未来が、わりとはっきり見えるのである。

それでもまあ、こういうのは今だけなのだろう。
そのうち「来なくていい」と言われる日が来る。そう思うと、疲れる予感ごと引き受けるしかないのだ。明日も私は、公園でふらふら走る。三男より先に、私のほうが転ばないように気をつけながら。

WESTER超特典きっぷで行く弾丸広島ツアー 2026年1月

仕事終わりに「じゃあ行くか」と言ってしまったのが、そもそもの始まりだった。
WESTERポイント超特典きっぷという、なんだかゲームの必殺技みたいな名前の切符があり、これを使えばえらくお得に新幹線に乗れるらしい。お得と聞くと、私は途端に判断力が鈍るタイプの人間なのである。

そんなわけで、息子と二人、最終の新幹線で博多から広島へ向かった。仕事終わりの新幹線というのは、体は疲れているのに気持ちだけが妙に修学旅行っぽくて落ち着かない。息子は元気で、私は早く座りたい。それだけで、親子というのはバランスが取れているのだと思う。

新幹線の中で、私は昔、自分の父と二人で出かけた記憶を思い出した。あの時の父も、たぶん今の私と同じように、眠いけど楽しそうなフリをしていたのだろう。そう考えると、親というのは代々、無理をしながら旅に出る生き物なのかもしれない。

翌日は朝から宮島へ向かった。
宮島は、何度来ても「おお」と言ってしまう場所である。言葉にすると安っぽくなるが、本当に「おお」なのである。

まずは穴子丼を食べた。ふわっとして、たれがちょうどよくて、これはもう説明する気が失せる味だった。続いて牡蠣。息子は大人みたいな顔で食べていたが、たぶん内心は「ちょっと怖い」と思っていたはずだ。私もそうだった。

帰りには妻へのお土産に穴子弁当を買った。自分たちだけ美味しいものを食べてきたという、ささやかな後ろめたさを詰め込んだ弁当である。

弾丸旅行だったので、正直かなり疲れた。足も腰も文句を言っていた。でも、息子と二人で新幹線に乗って、同じものを食べて、同じ景色を見たという事実だけで、まあいいかと思えてくる。
結局、旅というのは距離よりも、「一緒に疲れたかどうか」なのだと、どうでもいい結論に落ち着いたのであった。

WESTERポイントと切符については「WESTERポイントのお得な貯め方と使い方、交換ルート解説 ポイント特典きっぷやホテル宿泊券がお得」を見てほしい。詳しく説明するのは任せた。

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