スマホでタッチでVisa割キャンペーン早期終了で、千円の壁に翻弄された私の話

衝撃のニュースというものは、たいていもっと大きな顔をしてやって来るものだと思っていた。たとえば政治とか災害とか、有名人の結婚とかである。ところがこのたび私のところへやって来た衝撃のニュースは、じつにこぢんまりしていた。「スマホで!タッチでVisa割キャンペーン!」が早期終了するというのである。なんだそんなことかと思う人もいるだろうが、私にとってはけっこうな事件だったのだ。

このキャンペーン、1回1000円以上の決済で抽選のキャッシュバックが受けられるという、なんとも人の心をくすぐる仕組みであった。抽選と聞くと、普段の私は急に世の中を信じなくなるくせに、還元率が高いと聞いたとたん、すぐ信じる。こういうところが私のだめなところなのである。たいして運もよくないのに、なぜか「今回はいける気がする」と思ってしまう。宝くじ売り場の前を通ると毎回ちょっとだけ夢を見る人間と、ほぼ同じ生き物だと思う。

それ以来、私は買い物のたびに「1000円」という数字に支配されるようになった。スーパーへ行って、合計が970円くらいだと落ち着かない。ここまで来たなら、あと30円、いやせっかくだからもう少し余裕を見て100円か200円足したい、という妙な欲が出る。欲というと聞こえはいいが、要するにキャッシュバックに釣られているのである。魚ならもう少し警戒心があるだろうと思う。

この「あと少し足したい病」は、昔、商店街の福引券を集めていたころとよく似ている。母が「あと一枚あればガラガラ回せる」と言い出すと、家じゅうが妙な空気になったものだ。たいして必要でもない豆腐だの洗剤だのを買って、ようやく一回まわせる権利を得る。そして当たるのは、だいたいポケットティッシュである。あのとき私は子どもながら、なんだか人生の仕組みを見た気がした。苦労して手に入るものは、だいたいポケットティッシュ級なのだ。

それなのに大人になった私は、形を変えた福引にまた参加していた。しかも今回はスマホである。文明が進んでも、やっていることはほとんど同じなのだ。レジ前で合計金額を見て、「うーん、あと200円分くらい何かないか」と売り場をうろつく自分は、かなりみっともない。別に誰も見ていないのに、私はなぜかちょっと急いでいるふうを装う。ほんとうは鮭フレークを買う理由など特にない。ただ1000円を超えたいだけである。そんな買い物をして帰宅し、冷蔵庫の奥に増えていく似たような品々を見ると、私は自分の小ささに感心する。人間はここまで小刻みに欲望を調整できるのだなと思う。

一方で、会計が1200円とか1300円になると、今度は「これはこれでうまく乗ったな」と妙な満足感がある。自分のお金で自分の物を買っているだけなのに、少し得したような顔をしてしまう。こういう顔はたぶん、誰に見せてもあまり尊敬されないと思う。

そんな日々が、2026年3月26日23時59分で終わるという。予算上限に達する見込みとのことで、大好評だったらしい。たしかに好評だろうと思う。私みたいな者まで、毎回きっちり金額を気にしていたのだから。しかし残念だなと思う半面、どこかほっとしている自分もいる。もう800円台の会計を見て、店内を二周しなくていいのである。もう「今これを買うと本当に得なのか、それともただ話をややこしくしているだけなのか」と悩まなくていいのだ。

キャンペーンが終わるだけで、こんなにも心が軽くなるとは思わなかった。得をしたい気持ちは、案外、得じゃないのかもしれない。私はそういうどうでもいい結論にたどりつき、たぶん明日も普通にスーパーへ行くのだと思う。そして合計金額が998円だったら、結局ちょっとだけ悔しいのだろう。人間とは、そういうものなのである。