最近、私は『美味しんぼ』のアニメにはまっている。はまっている、という言い方も少し大げさで、正しくは、夕方になるとなんとなく見てしまい、気づけば次の話も押している、という感じである。しかも今はワイモバイルのお得キャンペーンで、Netflixが三か月無料なのだから、見ないほうが不自然なくらいだ。こういう「今だけ無料」に私は弱い。弱いというか、ほとんど無抵抗である。
『美味しんぼ』を見ていると、子どものころ、テレビで普通にこれを見ていた記憶がよみがえってくる。あのころは、ただ大人たちが怒ったり偉そうにしたりしながら、最後にはおいしいものを食べて丸く収まる話、くらいに思っていた。子どもというものは雑でよい。私もかなり雑だったのである。
ところが今見ると、毎回だいたい同じ型なのに、つい最後まで見てしまう。誰かが何かで困っている。職場がギスギスしている。親子仲が悪い。商売がうまくいかない。頑固者が意地を張っている。そういういろいろな問題が出てくるのだが、最終的には料理が出てきて、だいたい全部なんとかなるのである。すごい。そんなことがあるのかと思うが、あるのだから仕方がない。現実の世界では、煮物が出てきたからといって部長の性格が直ることはあまりない。しかし『美味しんぼ』の世界では直る。刺身ひとつで人生観まで変わる。料理の力が強すぎるのである。
この「料理だけで解決する」という流れを見ていると、昔読んだ昔話を思い出す。おじいさんが山へ芝刈りに行き、おばあさんが川へ洗濯に行く、あの感じである。様式美というのは強い。こっちはもう「はいはい、どうせ最後はなんか食べて心を入れ替えるんでしょう」と思いながら見ているのに、ちゃんと食べて、ちゃんと少し感動してしまう。私はずいぶん素直なのか、単純なのか、自分でもよくわからない。
それにしても、見ていて毎回気になるのは、昭和のサラリーマンの空気である。こんなに緩い感じで仕事していて大丈夫なのか、と心配になるほど緩い。もちろん忙しそうな顔はしているのだが、今のような、パソコンの画面を見つめながら無言で何かに追われている感じではない。ずいぶん長く席を立って話し込んでいるし、食べもののためにあちこち行くし、感情もすぐ顔に出す。上司も部下も、妙に人間くさい。会社なのに、どこか町内会みたいなのだ。
昭和ってスゲー時代だったんだな、と私は改めて思った。もちろん本当にあの通りだったかは知らない。たぶん現実は現実で大変だったのだろう。でも、少なくともアニメの中では、みんな仕事をしているのに、今より少しだけ人生にすき間があるように見える。そのすき間に、説教とかケンカとか、しみじみした食事とかが入り込んでくる。今だったら、会議の前にこんな長話をしていたら、「で、結論は?」と言われそうである。便利な言葉だが、あれを言われると人はだいたいしぼむ。私などはすぐしぼむ。干ししいたけくらいしぼむ。
そして、いちばんいいなと思うのは、子どももこれを面白がって見ていることである。今の子に昭和の会社員がどう映っているのかは知らないが、とりあえず料理の場面になるとちゃんと食いつく。やはり人間は、うまそうなものに弱いのだ。そこは時代が変わっても同じらしい。親としては、もっと教育に役立つ何かを一緒に見るべきなのかもしれないが、家族で「この世界、また料理で全部解決したね」と笑っていられるなら、それはそれで十分な気もする。
結局のところ、私は『美味しんぼ』を見て、昭和はすごいなあと感心し、料理は万能だなあと半分本気で思い、無料期間が終わる前に少しでも多く見ておこうとしている。なんともせこい話である。だが、人間なんてそのくらいでちょうどいいのだと思う。人生の問題が全部料理で片づくわけではないが、少なくともアニメを見ながら夕飯のことを考える時間は、なかなか悪くないのである。