宝くじは貧乏人の税金?それでも楽天銀行おまかせBIGで6億円を夢見る私の日常

宝くじは貧乏人の税金だ、という言葉は知っている。たしかに、あれは夢を買うというより、夢を維持するための会費みたいなものだと思う。そう思っているくせに、私は楽天銀行のおまかせBIGを300円だけ自動設定している。堂々たる矛盾である。

300円という金額がまたいやらしい。高すぎず、安すぎず、コンビニでお菓子を一個我慢すれば成立する額だ。私はこれを「未来への寄付」と呼んでいるが、誰に寄付しているのかはよく分からない。多分、平行世界の金持ちの私だ。

過去の戦績はひどい。4等が一回、そのほかはほぼ5等。しかも私は結果をきちんと見ていない。なぜなら、見た瞬間に現実が確定してしまうからである。封筒を開けなければ合否は決まらない受験票と同じ理屈だ。違うのは、合格している可能性が限りなく低い点である。

それでも設定を解除しないのは、ある日突然、口座に6億円が振り込まれている世界線が、まだ損なわれていないからだ。その可能性がゼロにならない限り、私は月曜日の朝でも少しだけ機嫌よく生きられる。残高確認のたびに、ほんの一瞬だけ呼吸が止まるのも悪くない。

冷静に考えれば、その6億円でやりたいことも特にない。仕事を辞めるかどうかも迷うし、豪邸に住んだら掃除が大変そうだ。結局、今と同じようにゴロゴロして、税金の計算で頭を抱えている気もする。

つまり私はお金が欲しいのではなく、「もしかしたら」という状態が好きなのだと思う。300円で一か月分のワクワクが買えるなら、まあ安い。貧乏人の税金と言われようが、今日も私は残高ゼロの夢を大事にしているのだ。

ちなみになぜ貧者の税金なのかというと、宝くじは半分程度が寺銭で結局公共施設等の整備に使われているからである。このあたりは「宝くじは貧乏人に課せられる税金?貧者の税金、愚者の税金といわれる理由」が詳しい。またしても説明は他社丸投げである。

PayPayポイント運用は意味あるのか問題と私のどうでもいい結論

ある日、歯磨きをしながら、なぜかPayPayポイント運用のことを考えていた。歯磨き中に考えることというのは、大体がどうでもいいのだが、これが意外と頭から離れなかったのである。

私は前から、PayPayのポイント運用を見かけるたびに思っていた。
「これ、なんでみんな続けてるんだろう」と。

手数料はかかるし、そのせいでポイント運用の欠点である権利落ちの回避ができるわけでもない。冷静に考えると、同じ値動きに連動するなら、普通に現金で投資したほうがよほど自由度が高い。なのに、みんな当たり前の顔でポイントを運用に突っ込んでいる。私はその光景を、商店街の福引きに無言で並ぶ人たちを見るような気持ちで眺めていた。

ここで話は少し脱線するが、私は昔、スタンプカードを異様に大事にする子どもだった。あと一個でいっぱいになるという理由だけで、全然おいしくないパン屋に通っていた記憶がある。今思えば、パンよりスタンプのほうを食べていたようなものだ。人は「もう少しで何かがもらえる」という状態に、異常に弱いのである。

PayPayポイント運用も、たぶんそれに近い。現金だと「減った」「増えた」で心がザワつくが、ポイントだとどこかゲーム感覚になる。負けても「まあポイントだし」と思えるし、増えたら増えたで、なぜか自分が投資上級者になった気がする。実際は何も変わっていないのに。

私はこういう仕組みに対して、斜に構えている自分が賢いような気になっていたが、冷静に考えると、ただ面倒くさがりなだけなのだ。現金投資は勉強も必要だし、責任も重い。ポイント運用は、言ってしまえば「考えなくていい投資」なのである。

みんなが続けている理由を考えた結果、たぶん答えは単純で、
「損しても痛くない顔ができるから」
これに尽きるのだと思う。

そう考えると、PayPayポイント運用は投資というより、少し大人向けのガチャみたいなものなのかもしれない。期待しすぎず、失望もしない。その距離感がちょうどいい人が多いのだろう。

私はというと、相変わらず歯磨きを終えても答えは出ず、「まあ、人それぞれか」とどうでもいい結論に落ち着いた。
たぶん明日には、また別のどうでもいいことを考えているはずである。

ちなみに権利落ちの会費については「ポイント運用で怖い権利落ちと対策 権利落ち回避で損を減らす」が参考になる。またしても詳細な説明は他人に丸投げである。

社長メールスパムとクレジットカード残高不足に挟まれた一日の記録

その日は、どうやら「信用」を試される日だったらしい。
朝、社長からのメールを装ったスパムに遭遇し、私は現代社会の警戒心を一段階引き上げたばかりだった。
最近のスパムは巧妙で、こちらの社会性をピンポイントで突いてくる。
私は少しだけ、自分を誇らしく思っていた。引っかからなかったからだ。

ところがその日の午後、今度は電話が鳴った。
知らない番号。
出ると、あの独特な声である。
「ジュウヨウナオシラセガアリマス」
抑揚のない機械音声。
私は反射的に「はいはい、またね」と思った。今日の私は騙されない。

だが、なぜか胸の奥がざわっとした。
結局、案内に従って番号を押した私は、すでに負けている。

結果から言うと、本物だった。
クレジットカードの引き落としが、残高不足で落ちていなかったのだ。
ジュウヨウナオシラセは、ジュウヨウだったのである。

私はしばらくスマホを見つめた。
朝は疑いすぎて正解、昼は疑いすぎて失敗。
人を信じない態度が、必ずしも賢さにはならないらしい。

考えてみれば、残高不足というのも心当たりはある。
コンビニで「ちょっとしたご褒美」を重ねた結果が、こうして機械音声に告げられただけだ。
スパムよりも、現実のほうがよほど容赦ない。

その日、私は二つの「重要なお知らせ」に出会った。
一つは無視して正解、もう一つは無視しなくて正解。
結局のところ、
信用できるかどうかは、声の滑らかさではなく、残高で決まることもあるのだと、どうでもいい学びを得た。

 

ちなみに、軽く書いているがカードの与信を甘く見ない方がいい。そのあたりは「クレジットヒストリー(クレヒス)の重要性と信用情報」に含蓄のある内容が書かれている。私は説明しない。

七草がゆは朝に食べるものだと思っていた|1月7日の夜と中学生の胃袋

七草がゆといえば朝、というのが私の中の常識だった。なぜ朝なのかはよく知らないが、なんとなく朝の寒い台所で、眠い目をこすりながら食べるもの、というイメージがある。ところが今年の1月7日、我が家の七草がゆは夜に出てきた。仕事から帰ってきて、コートを脱いだその先に、湯気を立てた七草がゆが待っていたのである。

私は一瞬、今日が何日なのか分からなくなった。正月はもう終わったはずだし、夜に七草がゆというのも、なんだか時差ボケのようで落ち着かない。だが妻は特に気にした様子もなく、「今日七草だから」と言った。そう言われると、こちらも「そうか」と納得するしかない。縁起ものは、出されたタイミングで受け入れるのが大人の態度なのだと思う。

七草がゆは、相変わらず七草がゆの味だった。セリ・ナズナ・ゴギョウ・ハコベラ・ホトケノザ・スズナ(カブ)・スズシロ(ダイコン)。名前だけ聞くと元気そうだが、味はとても控えめである。夜に食べるには、あまりにも静かな食べ物だ。例えるなら、テンションの低いラジオ番組のような感じである。

私は食べながら、「七草って全部言える人、どのくらいいるんだろう」と考えていた。毎年聞いているのに、毎年新鮮に忘れる。人の記憶というのは、都合のいいことだけ覚えて、どうでもいいことはすぐ逃がすようにできているらしい。

そんな中、またしても意外な光景が広がった。中学生の長男が、夜の七草がゆを「うまい」と言い、しかもおかわりをしたのだ。夜だぞ? 成長期とはいえ、もっとパンチのあるものを欲しがりそうなものなのに、七草がゆで満足している。私は内心、「本当にそれでいいのか」と思ったが、口には出さなかった。

結局、七草がゆが朝だろうが夜だろうが、食べる人が納得していれば問題ないのかもしれない。私は一杯で十分だったが、長男は二杯目に幸せそうだった。それを見て、七草のご利益というのは、胃腸よりも家族の意外な一面を知ることなのだと、どうでもいい結論に落ち着いたのである。

ANAマイル高還元ルート改悪と福岡市民の私が考えたどうでもいい不安

朝、スマホをぼんやり眺めていたら、「みずほルート終了」という文字が目に入った。こういうお知らせは、だいたい歯を磨いている途中とか、トイレに入った瞬間に見てしまうもので、今回も例に漏れず中途半端な姿勢で固まった。
みずほマイレージクラブカード/ANAが2026年1月で新規受付終了。いわゆるJQみずほルートの必須装備が絶たれるらしい。高還元界隈では、静かな悲鳴があがっている気配がする。

福岡市民である私は、地理的特権みたいな顔をしてANA VISA nimocaという70%交換ルートを持っている。なので、正直に言えば「今回は無風」である。無風なのだが、私はこの「無風」という言葉をあまり信用していない。天気予報で晴れと言われた日に限って、洗濯物が一枚だけ落ちていたりする人生を送ってきたからだ。

そもそも、こうした改悪というものは、単発で終わらない。ひとつのドミノが倒れると、なぜか関係なさそうなドミノまで倒れていく。みずほルートを失った人たちが「じゃあ次はnimocaだ」と福岡方面に殺到したらどうなるのか。nimoca側も「そんなに来られても困る」と思うに違いない。結果、こちらも改悪。世の中はだいたいそういう流れである。

昔、近所に評判の安い定食屋があって、テレビで紹介された翌週に値上げしたことがあった。私はそのとき、「人気って残酷だな」と思った。今回の件も、あれと同じ匂いがする。静かに使えていたものほど、騒がれると弱い。

とはいえ、私は何か対策を打つわけでもなく、ただnimocaを財布に入れたまま、少しだけ握りしめた。まるでお守りのように。
改悪を止める力は私にはないので、とりあえず今日も無風ということにしておく。風が吹いたら、そのとき考えればいいのだ。どうせ人間、だいたい後手なのだから。

1月21日までは申込できるそうなので、nimocaのエリア(九州+函館)以外の人は、みずほルート作っておくのも良いと思う。詳しくは「ANAマイル70%交換「みずほルート」が閉鎖決定!1/21までにやるべき駆け込み手順を全解説」。また投げる。

早起き父の弁当作り奮闘記|鮭弁当と朝食パスタの朝

妻が急に「ちょっと実家に行ってくる」と言い残して出かけた翌朝、私は長男と次男の朝食と弁当作りというミッションを授かった。

授かったというより、落ちてきたという感じである。料理は嫌いじゃない。むしろ嫌いじゃない部類に入ると思う。ただし、タイムリミットが午前7時30分という条件付きになると話は変わってくる。普段、そんな時間に完成を求められる料理などしていないのだ。

というわけで私は、朝5時30分に起きる完璧な計画を立てた。逆算もした。段取りも頭の中では完璧だった。ところが人間というのは、肝心なところで裏切る生き物である。目が覚めたら、まだ4時だった。目覚ましも鳴っていない。外も当然暗い。私は布団の中でしばらく考え、「もう起きるか」と、なぜか前向きな結論に達した。

台所に立つと、妙に頭が冴えている。鮭を焼き、ご飯を詰め、弁当は鮭弁当と決め打ちである。迷わない朝は強い。結果、5時には弁当の準備もすべて終わってしまった。時計を見て、私は少し不安になった。やることが、ない。
そこで凡ミスが発覚する。弁当でご飯を全部使い切ってしまったのだ。炊飯器は空っぽで、なぜか誇らしげに軽い。朝食用の白米は存在しない。ここで私は一瞬、冷凍ご飯という文明の利器を思い出したが、なぜか使いたくなかった。早起きテンションというのは、時々意味不明な判断を下す。

結果、朝食は鮭とピーマンのパスタになった。和なのか洋なのか、自分でもよく分からない。子どもたちは特に文句も言わず食べていたので、まあ成功なのだと思う。

私はコーヒーを飲みながら、「早起きは三文の徳って、こういう手持無沙汰も含めての話なのか」と考えた。結局その時間は、特に有意義でもなく、ただ静かに過ぎていった。
早く起きすぎると、段取りは良くなるが、時間は余る。余った時間をどう使うかまでは、誰も教えてくれない。次に同じミッションが来たら、たぶん私はまた早起きするだろう。そしてまた、ご飯を使い切る気がするのだ。

人間お湯につかればどうでもよくなる。博多温泉で無限周回した新春と私の話

私は温泉が好きだ。といっても、有名旅館や絶景露天に胸をときめかせるタイプではなく、どちらかというと「今日も生き延びたな」と体を沈められる湯が好きなのである。そんな私が何度も通ってしまうのが、福岡市内にある 博多温泉 旅館 富士の苑 だ。

新春、特に予定もなく、正月太りの兆候だけが立派に育った私は、日帰り温泉に行くことにした。高温のお風呂と水風呂を、ただ黙々と周回する。これを三回も繰り返すと、人生の悩みの半分くらいはどうでもよくなる気がする。残りの半分は、たぶん気のせいである。

富士の苑は、正直に言えば最新でもおしゃれでもない。入口を見た瞬間、「あ、知ってる、この感じ」と思う。昔、近所にあった銭湯の記憶が、急に押し寄せてくるのだ。私は小学生の頃、銭湯の下駄箱の鍵をよくなくした。今考えると、あれは鍵の問題ではなく、私の注意力の問題だった。

この温泉は泉質にやたらと自信がある。「本物の温泉」「あせもは一回で枯れる」と、なかなか強気だ。最初は半信半疑だったが、湯から上がったあとも体がポカポカしていると、「まあ、そう言われれば…」と都合よく納得してしまう自分がいる。人間は温かいと、だいたい優しくなるのだ。

塩化物泉なので、少ししょっぱい。間違って口に入ると「おっと」と思うが、不快ではない。石鹸の泡立ちは悪く、私は必死に泡を立てながら、「これは泉質のせいだから仕方ない」と自分を慰めた。こういう時、人は責任転嫁がうまくなる。

結局その日も、しっかり温まり、特に人生が変わることもなく帰宅した。ただ、新春の日帰り温泉としては最高だった。変わらない湯に浸かりながら、変わらない自分を確認できたので、それで十分なのである。

 

ぜひ行ってほしい。いつか泊まりたいと思いながらもそれは実現できていないのである。
参考:福岡市内で仕事帰りにも行ける日帰り温泉 博多温泉 旅館 富士の苑

5000円で10万ポイントを夢見る私|PayPayカード オンラインショッピング キャンペーン

正月気分がまだ抜けきらない一月のある日、私はスマホをいじりながら、例によってどうでもいいキャンペーン情報を眺めていた。すると目に飛び込んできたのが、PayPayカードの「オンラインのお買い物もPayPayカードで支払おう」キャンペーンなのである。

対象店舗で税込み3,000円以上使うと、
1等は20名に2,000%還元(上限10万ポイント)、
2等は1万名に100ポイント。
どう考えても、1等の数字だけが景気よく、2等は急に現実的になるのが人生みたいである。

対象店舗もなかなかに現代的で、
AliExpress、Qoo10、SHEIN、Temu、
Uber Eats、Uber、
ZOZOTOWN、ニトリ、
スニーカーダンク、ビックカメラ、
メルカリ、モノタロウ、
ラクマ、ヨドバシ.com。
私の生活圏が、ほぼ網羅されている。

ここで私はふと考えた。

「どうせ当たらない」と思いながら3,000円きっかり使うのと、
「万が一」を妄想しながら5,000円くらい使うのと、
どちらが人として楽しいのか。

昔、年賀はがきを3枚だけ買って「どうせ当たらない」と言っていた自分を思い出す。結果は当然当たらなかったが、あれは枚数以前に、気持ちが貧しかったのだと思う。
5,000円使えば、もし1等が当たったら10万ポイント近く戻ってくる。戻ってこない可能性は、そっと横に置いておく。

ポイント付与は2026年4月下旬。
今から三か月以上先の話を真顔で妄想している自分に、私は軽くツッコミを入れた。
その頃には、このキャンペーンのことなど、きっと忘れているだろう。

結局私は、少しだけ多めに買い物をした。
夢を買ったと思えば安いものである。

>>キャンペーンサイトはこちら

ちなみにPayPayカード。私は持っているが、とてもいいカードだ。もっぱらチャージにも使えるしワイモバイルを使っていると月額料金もだいぶ安くなる。MNP乞食には欠かせないクレカの一つである。このあたりは「 PayPayカードはポイント還元率最大1.5% & 年会費無料 クレカ積立もできて注目度UP JCBブランドがおすすめ 」も詳しい。

もうアフィ活はやめたので、こういう説明は他人にぶん投げるにかぎるのである。

初めてのXスペース対談で、私は二重に見られていた話

初めてXのスペースというものをやった。
ボタンを押せばすぐ始まるし、顔も出ないし、気楽なもんだろうと思っていたのだが、実際はそうはいかなかった。思ったよりも私は、しどろもどろだったのである。

今回は対談だった。一対一で誰かと話す、というだけなら、これまでにもそれなりに経験はある。喫茶店でも、電話でも、オンラインでも、相手の顔や声に集中すればいい。しかしスペースには、もう一人、いやもう一団体、聞き手がいる。リスナーという名の、姿の見えない人たちである。

この「見えない」というのが、私にはやっかいだった。
目の前の相手に話しているつもりなのに、同時に「今これ、誰か聞いてるんだよな」という意識が、後頭部あたりに常にへばりついている。まるで、家で独り言を言っていたら、実は窓の外に人がいた、みたいな感じである。落ち着かない。

そういえば昔、授業で音読をさせられたときも似たような感覚があった。先生に向かって読めばいいのに、後ろの席のクラスメイトたちの気配が気になって、急に漢字が読めなくなる。あのときの私は、「急にバカになったのでは」と本気で心配したが、今回もどうやら同じ症状だったらしい。

話しながら、自分でも「あ、今ちょっと変な間が空いたな」とか、「その話、そんなに面白くないぞ」とか、いちいち自分にツッコミを入れてしまう。そのせいで、余計に言葉が遅れる。頭の中が、話す私と反省する私で二分されて、軽く渋滞していた。

終わってから、「うまくしゃべれなかったなぁ」と反省したが、よく考えれば、初めてでうまくいくわけがない。なのに私は、なぜか最初から、そこそこ流暢な自分を想定していたのである。この自己評価の高さと現実のギャップには、毎回驚かされる。

まあ、慣れの問題なのだろう。たぶん何回かやれば、リスナーの存在も空気みたいになるに違いない。そう思うことにした。
次回もたぶん、少しは緊張するだろうが、それも含めて私なのだ、と都合よく納得しておく。どうせまた、しゃべり終わってから反省するのだろうし。

DMMプレミアムの黒字キャンペーンを前に、私の下心が先に計算を始めた話

DMMプレミアムを契約すると、なにやらお得なキャンペーンがあるらしい、という情報を目にした。
月額550円。最初の14日間は無料。そのあと2ヶ月ほど続けたとしても、合計1,100円くらいの支払いで、3,000円分のポイントが戻ってくる。計算すると、黒字である。立派な黒字だ。

こういう話に弱い。
私は「得」という字を見ると、内容をよく理解する前に、すでに心が前のめりになるタイプである。昔からそうだ。スーパーで「2割引き」と書いてあると、別に欲しくなくてもカゴに入れてしまい、家で冷静になってから首をかしげる人間なのだ。

今回も例に漏れず、まず電卓を叩いた。
550円×2ヶ月=1,100円。
ポイント3,000円。
差し引き1,900円のプラス。
「これはもう、やらない理由がないのでは」と思った瞬間、私の中の理性的な部分が、そっと席を立った。

キャンペーン期間は2025年12月11日から2026年1月30日まで。初めて登録する人限定で、専用URLからの登録が必須。ポイントは即時でもらえる分と、継続確認でもらえる分に分かれているらしい。仕組みは少しややこしいが、結果的に3,000ポイントもらえるなら、まあいいか、という雑な理解で進めてしまいそうになる。

ここまで考えて、ふと気づいた。
私、本当に見たいのは何なのだろう、と。

DMMプレミアムといえば、動画配信サービスである。アニメもドラマもある。たしかにそれは魅力的だ。魅力的なのだが、頭の片隅に、どうしても別の存在がちらつく。そう、FANZAである。

「いや、別にそれ目当てじゃないし」と、一応自分に言い訳はしてみる。
だが、FANZAが付いている、という事実が、このキャンペーンをやたら魅力的に見せているのも、また事実なのである。下心というものは、本人が否定しても、数字の計算にしっかり反映されるらしい。

黒字だからいいか、という判断も、よく考えると少し怪しい。
本来、使わなかった1,100円を使っているのに、「得した気分」だけはしっかり残る。この感覚、どこかで何度も味わってきた気がする。たぶん私は、得をしているのではなく、得をしたと思いたいだけなのだ。

それでも、まあいい。
人生には、こういうどうでもいい打算も必要である。ポイントが入ったら、何に使おうか。アニメか、映画か、それとも…と考えながら、私は今日も自分の下心を、あまり深く追及しないことにした。追及すると、たぶんろくな結論が出ないからである。

みんなもやってみてはどうだろうか

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