ベランダ菜園の植え替えと掃除で終わる日曜日、越冬ハーブの妙な生命力

少し暖かくなってくると、冬のあいだ見て見ぬふりをしていたものを、急に確認したくなる。部屋のすみのほこりとか、着ないまま放ってある服とか、ベランダの植木鉢とか。人はなぜ、寒い時期にはあれほど現実から目をそらせるのだろうか。寒いというだけで、だいたいのことは「また今度」で済ませられるのである。冬は言い訳の王様だと思う。

うちのベランダにも、そんな「また今度」を押しつけられていた鉢がいくつかあった。イタリアンパセリとタラゴンとタイムである。名前だけ並べると、うちのベランダだけ妙にしゃれた料理研究家の家みたいだが、実際は洗濯ばさみが一個落ちていたり、風で飛んできた葉っぱがすみにたまっていたりする、生活感たっぷりの場所である。

冬のあいだ、私はそのハーブたちをほぼ放置していた。ほぼ、というか、かなり放置していた。水やりも「今日じゃなくても大丈夫そうだな」と何度も先送りし、見た目もだいぶ地味になっていたので、正直もうだめかもしれないと思っていた。植物を育てていると言うには、あまりにも胸を張れない態度だったと思う。育てているというより、同じ家に住んでいるだけである。

それが、少し暖かくなった日にふと思い出して見てみたら、なんと越冬していたようなのである。あの寒さを、あの細い葉っぱたちが、黙ってやり過ごしていたのかと思うと、ちょっと感心した。私は冬になると、布団から出るだけでひと仕事なのに、タイムなんかは何も言わずにそこにいた。えらい。いや、比べる相手が私では、たいがいのものはえらく見えるのだが。

越冬していたとわかると、急にこちらも態度が変わる。昨日まで半分あきらめていたくせに、「これはちゃんとしないといけない」と思い出すのである。現金なものである。私はさっそくホームセンターへ土を買いに行った。こういう時のホームセンターという場所は、妙に人をやる気にさせる。土、肥料、鉢、スコップ、名も知らない便利そうな道具。見ていると、自分がものすごく園芸のできる人間になったような気分になるのだ。

しかし実際の私は、土を前にして「どれがいちばんふつうの土なのだろう」としばらく立ち止まる程度の人間である。ハーブ用と書いてあれば安心し、花と野菜の土と書いてあれば、ハーブは花なのか野菜なのか少し迷う。毎回こんな感じなのに、なぜかホームセンターではベテランの顔をして歩いてしまう。たぶん、土売り場にいる人はみんな少しだけ見栄を張っていると思う。

土を買って帰り、植え替え作業をした。鉢から出した根を見ると、植物がちゃんと生きている感じがしておもしろい。地上ではあんなに静かなのに、下では案外たくましくやっているのだなと思う。人間もこういうふうに、見えないところでちゃんとしている部分だけを評価されたら、だいぶ気楽なのにと思った。表面でぼんやりしていても、「でも根は張ってますから」と言えたら便利である。

ついでにベランダも掃除した。植え替えだけで終わればよかったのに、土いじりを始めると、まわりの汚れが急に気になってくる。ひとつ片づけると別のだらしなさが見えてくるのは、掃除でも人生でも同じである。あまり広げて考えると面倒なので、人生のことは脇に置いて、私は黙ってベランダのすみのゴミを集めた。

そういえば子どものころも、部屋の片づけをしている最中によく昔のノートや漫画を読み始めてしまい、ぜんぜん進まなかった。掃除というのは、何か別のことを思い出させる力があるらしい。今回も途中で、昔、母が植木鉢を並べて何か育てていたことを思い出した。私はその横で何も世話をしないくせに、実がなれば食べる時だけ参加していた気がする。そう考えると、今の私もあまり成長していない。育てる苦労には鈍く、実りの気配には敏感である。人としてどうなのかと思うが、たぶんそういう人は多いのだと思う。

気がつけば、日曜日はほぼそれで終わっていた。出かけたといえばホームセンターだけで、べつに華やかなことは何もない。けれど、植え替えた鉢と少しきれいになったベランダを見ると、なんとなくやりがいを感じたのである。日曜日らしい充実といえば、もっとしゃれたものを想像しがちだが、土を入れ替えて落ち葉を集めただけでも、案外ちゃんと一日を使った気分になる。

たぶん私は、何か大きなことを成しとげたいというより、見える範囲が少しだけましになると安心するのだと思う。越冬したハーブたちも、別に私を感動させようとして生き残っていたわけではないだろう。ただ淡々と寒さをやり過ごして、春が来たからまた少し元気を出しただけなのだ。

そう考えると、日曜日がそれで終わったのも悪くない。私もハーブも、たいしたことはしていない。でも、冬を越えたあとに土を替えて、少しきれいにして、なんとなく満足する。それくらいがちょうどいいのである。人間もベランダも、急には立派にならないのだ。