大井町駅徒歩1分アワーズイン阪急宿泊記|HafH出張で朝ラー「いりこ屋」に心を持っていかれた話

出張というものは、たいてい私の中では「できれば家でじっとしていたい気持ち」との戦いである。仕事だから行くしかないのだが、心のどこかで「オンラインで済みませんかね」と、誰に言うでもなく思っている。ところが今回はちがった。新しいスーツを新調したのである。こうなると話は別だ。人間というのは、服が一着増えただけで、自分の人生まで少しだけ上向いたような気になるから不思議だ。単純でよろしい。

そんなわけで私は、いつもならわりと見送るタイプの東京出張に、妙に前向きな気分で向かうことになった。新しいスーツを着て新幹線なり飛行機なりに乗ると、それだけで「できる人」っぽい気がしてくる。実際には、鞄の中で充電コードがからまり、駅でちょっと方向を間違え、心の中は全然できていないのだが、見た目がそれっぽいと少しだけ気が楽なのである。スーツというのはすごい。中身のぼんやりした感じまで、うっすら包んでくれる。

宿は大井町駅徒歩1分の「アワーズイン阪急」にした。宣伝っぽいが、別に宣伝ではない。こちらとしても、勝手に気分が盛り上がっているだけである。今回はHafHのポイントがたまっていたので、それを使った。HafHというのは、事前にポイントを買っておく仕組みなのだが、これがどうにも宿の料金感にむらがある印象なのだ。ものすごくお得に見える宿と、「それは普通に予約したほうがよくないか」と思う宿が、同じ画面の中で肩を並べている。あの感じは、スーパーの見切り品コーナーの横に高級フルーツが並んでいるようなもので、見るたびに少し気持ちがざわつく。

では何を信じればいいのかというと、私は素直にランキングを信じている。おすすめとか特集とか、そういうものはどうも話がうますぎる気がして身構えてしまうが、ランキングはまだしも群衆の気配がある。みんなが「まあ、ここでいいんじゃないか」と思った跡が見える。派手ではないが実直だ。レコメンドよりもランキングである。人生の大事なことを言っているようで、実際は宿選びの話しかしていないのだが、私の中ではかなり本気でそう思っている。

もっとも、今回の私はホテルそのもの以上に、別のものに心を奪われていた。HafH内のレビューで見つけた「朝ラーが楽しめる『いりこ屋』」である。朝からラーメン。字面だけ見ると少し無茶な気もするが、「いりこラーメン」と書かれているのを見た瞬間、私は急にその店のことしか考えられなくなった。博多にいると、とんこつラーメンを食べる機会が多い。もちろんおいしい。おいしいのだが、人はたまに、いつも好きなものとは別の方向に首をひねりたくなる。白いごはんが好きな人でも、急にお茶漬けが食べたくなる日がある。ああいう感じだと思う。

それで私は、宿を予約したくせに、気持ちの半分くらいはもう「いりこ屋」に行っていた。食べログやら何やらも見た。人は楽しみな予定ができると、まだ行ってもいない店のレビューを何件も読んで、勝手に味を想像し、勝手に満足度を上げていく生き物である。しかも私は、その店で何を食べるかまで、かなり前のめりに考えていた。朝にラーメンを食べる自分。少し眠そうな顔で、でも内心はかなりうれしい自分。そういう映像だけは、もう完璧に頭の中で上映されていた。

考えてみれば、昔から私はこういうところがある。遠足の本番より、前日にお菓子を詰めている時間のほうが楽しい子どもだった。旅行も、荷物を入れているときが妙にうれしい。本番になると、ちょっと疲れる。人間としてどうなのかと思うが、もうこれはそういう体質なのだろう。目的地そのものより、そこへ向かって「何かありそう」と思っている時間に弱いのである。期待を食べて生きている節がある。実際の食事はそのあとである。

新しいスーツを着て東京に行き、駅徒歩1分のホテルに泊まり、朝は朝ラーを食べる。こう並べると、ずいぶんきちんとした大人の出張みたいである。しかしその実態は、「新しい服うれしい」「ホテル便利そう」「ラーメン食べたい」という、かなり正直で小さい欲望の寄せ集めなのだ。仕事よりラーメンのことを考えている瞬間があるのも、あまり胸を張れる話ではない。だが、そういうどうでもいい楽しみが一つあるだけで、出張の面倒くささが少し薄まるのだから、案外ばかにできない。

結局、人は立派な理由だけで動いているわけではないのだと思う。新しいスーツでも、ランキング上位のホテルでも、朝のいりこラーメンでもいい。そういう小さなニンジンを自分の前にぶら下げながら、なんとか日々を前に進めているのである。私もたぶん、その程度のことで十分なのだ。むしろその程度だから、ちょうどいいのかもしれない。出張の本当の目的は仕事なのだが、心の中ではもう、いりこがかなり勝っているのである。