nimocaからICOCAへ:福岡県民の交通ICカード遍歴とWESTERポイントで関西旅行する話

私は長いことnimocaを使ってきた。
それはもう、特別な理由があるわけでもなく、ただ単に福岡県民だからである。福岡でバスに乗れば西鉄、電車に乗っても西鉄、ちょっと油断するとまた西鉄、という具合なので、nimocaを持つのはほとんど空気を吸うくらい自然なことだった。

しかも昔はポイントが付いた。
電車やバスに乗るだけで、ちょこちょこポイントが貯まるのである。私はこういう「気づいたら貯まっているもの」が好きだ。ポイントというものは、努力して貯めると途端にケチくさい気分になるが、知らないうちに増えていると急に愛おしくなるのである。

ところがコロナの頃だったか、西鉄はポイント付与をやめてしまった。
理由はよく知らないが、とにかく終わった。

その瞬間、私はふと思った。
「あれ、nimocaじゃなくてもよくないか?」

よく考えると、電車やバスに乗るだけならSuicaでもPASMOでもICOCAでもだいたい同じなのである。改札はちゃんと開くし、バスの機械も普通にピッと鳴る。交通ICカードというのは、意外なほど互いに寛容な世界なのだ。

しかも世の中には「チャージでポイントが貯まるカード」というものがある。
交通ではなく、チャージで貯まるのである。なんだかズルい気もするが、ルールの中でズルいことができるのが一番賢いのである。

というわけで、私はコロナの頃にSuicaへ乗り換えた。
当時、iPhoneに対応している交通ICがほぼSuicaしかなかったからだ。
「福岡県民なのにSuica」という、少しだけ背徳的な状態になったが、改札は普通に開くので特に問題はなかった。

むしろ、妙な気分のよさがあった。
なんというか、東京でもないのにSuicaを持っている感じが、少しだけ都会のスパイのようである。もちろんスパイ活動は改札を通ることくらいだが。

しかし世の中は変わる。
今度はICOCAがiPhoneに入るようになったのである。

そこで私は、またあっさり乗り換えた。
理由はシンプルだ。
WESTERポイントが貯まるからである。

ここで一つ問題がある。
私は関西人ではない。
むしろ九州の人間である。

さらに言うと、JR九州ですらない。
JR西日本のポイントを、福岡に住む私がコツコツ貯めているのである。
地理的にかなりねじれている。

しかしポイントというものは、不思議と人間を動かす。
私はそのWESTERポイントを使って、週末に関西方面へ旅行に行くのである。

福岡に住み、JR西日本のポイントを貯め、関西へ遊びに行く。
こう書くと、私は一体どこの人なのかよくわからない。

昔はただ西鉄バスに乗っていただけの人間が、気づけばポイントの流れに導かれて関西へ向かっている。人生とは、わりとこういう小さな仕組みに操られているのかもしれない。

もっとも、そんなことを考えながら改札を通ることはない。
ただiPhoneをピッとするだけである。

そしてまたポイントが少し貯まる。
私はそれを見て、なんとなく得をした気分になる。

冷静に考えると、そのポイントを貯めるために旅行している気もするのだが、そこはあまり深く考えないことにしている。

ポイントの世界というのは、だいたいそういうものなのである。

ICOCAチャージはJ-WESTカード経由お得である。

ChatGPTと保険会社と「知識の武装」――AI時代に崩れる情報格差という小さな革命

最近、なんとなくニュースを眺めていたら、日本生命がアメリカでChatGPTを作っているOpenAIを訴えたという話を見かけた。

理由はなかなか面白い。
保険の元受給者がChatGPTに相談して「和解を破棄できるかもしれない」という助言を受け、それを元に訴訟を起こしてきたらしいのである。

つまり、日本生命の言い分をざっくり言うとこうだ。

AIが弁護士みたいなことをしたせいで、面倒な訴訟に巻き込まれた。

ということらしい。

法律の細かい話は、正直よくわからない。
私は法律の話を聞くと、だいたい途中で頭の中が「条文」という名の霧に包まれてしまうタイプの人間なのである。

ただ、このニュースを見ていて、妙に気になることがあった。

それは「知識の武装」というやつだ。

世の中というのは、かなり長い間、知識を持つ人が強い仕組みで回ってきたと思う。

弁護士、医者、税理士、金融の専門家。
そういう人たちはもちろん努力して資格を取っているわけだが、同時に「知っている」というだけで圧倒的に有利でもある。

たとえば保険の契約書なんて、普通の人は読んでもほとんど理解できない。
文章が長くて、言葉がやたらと堅い。

あれはもう、読める人だけ読めばいいという雰囲気がぷんぷんする。

私は昔、携帯の契約書を読もうとして三行で眠くなったことがある。
あれは読書というより、睡眠導入剤に近いのではないかと思う。

だから世の中はたいてい、こうなる。

よくわからない人は
「まあプロが言うならそうなんだろう」
と納得してしまうのである。

私もだいたいそのタイプだ。

ところが最近は、様子が少し変わってきた。

わからないことがあったら、とりあえずAIに聞く。
すると、ものすごく丁寧に説明してくれる。

しかも怒らない。
同じ質問を三回しても怒らない。

これはすごいことである。

昔なら、
「そんなことも知らないんですか」
という顔をされるところなのだ。

AIはそういう顔をしない。
顔がないからである。

これは地味にありがたい。

だから今回のニュースも、見方によってはちょっと象徴的だ。

これまでなら、元受給者は
「もう和解したし仕方ないか」
で終わっていたかもしれない。

でも今回は
「ちょっと待てよ」
と思った。

そしてAIに聞いた。

それで理屈を手に入れてしまった。

これが、日本生命にとってはかなり厄介だったわけだ。

もちろんAIの回答が全部正しいとは限らない。
むしろ、けっこう間違う。

私もAIに聞いたレストランに行ったら、三年前に閉店していたということがあった。

あれはなかなかの徒労感だった。

しかし、それでも一つだけ確かなことがある。

知らないままではなくなる。

これは大きい。

昔から、知識というのは少しずつ平らになってきた。

活版印刷ができて、本が広がった。
インターネットができて、検索ができるようになった。

そして今、AIが説明してくれるようになった。

もしかすると今起きているのは、知識の民主化みたいなものなのかもしれない。

……と、ここまで考えてみたが、私はふと気づいた。

知識がいくら手に入っても、行動するかどうかは別問題なのである。

私はAIに健康のアドバイスを聞くが、だいたい三日で忘れる。

つまり人間というのは、知識より先にめんどくささに負ける生き物なのだ。

そう考えると、AIがどれだけ賢くなっても、世界はそこまで劇的には変わらない気もしてきた。

人間がだいたい、だらけているからである。

まあ、それならそれで、AIも少しは安心するのではないかと思うのだ。

マックスバリュエクスプレス福岡出店とWAON・iAEON攻略はじめました

近所にマックスバリュエクスプレスができたのである。
徒歩2分。信号にもひっかからない距離だ。これはもう、ほぼ冷蔵庫の延長である。

これまで福岡市民としての私のスーパーといえばサニーだった。
特売のチラシを眺め、「今日はこれが安いのだ」と納得しながら買い物をするのが長年の流儀である。サニーはなんというか、安心感がある。実家のちゃぶ台みたいな存在なのだ。

ところが急に、イオン系の刺客がやってきた。
マックスバリュエクスプレス。スーパー未満コンビニ以上、といった顔をしている。店内はそこまで広くない。品ぞろえも「なんでもある!」とは言えない。だが、たいていの物はちゃんとある。この“たいてい”というのが、実に絶妙なのだ。

牛乳もある。卵もある。冷凍食品もそこそこある。
「まあ、これでいいか」と思わせる力がある。徒歩2分という距離が、すべてを正当化してしまうのである。

問題は、支払いだ。

私はこれまでWAON系をまったく使ってこなかった。
正直に言うと、なんとなく避けていた。理由は特にない。ただ、新しい仕組みを覚えるのが面倒だったのである。ポイント界隈はすでにクレカ積立で頭がいっぱいなのだ。これ以上、脳みその引き出しを増やしたくなかった。

しかし「お得」と聞くと、話は別である。
お得という言葉は、私の理性を軽く飛び越えてくる。気づけば今日はiAEONのアプリをダウンロードしていた。指は正直だ。

だが、ここで早くもつまずく。
WAONとiAEONの違いがよくわからないのである。

カードなのか。アプリなのか。ポイントなのか。
それぞれがそれぞれを名乗っていて、関係性がぼんやりしている。親戚が多すぎる家系図のようだ。誰が本家で誰が分家なのか、私にはまだ見えていない。

レジ前であたふたする未来が、うっすら見える。
「ポイントカードはお持ちですか」と聞かれ、スマホを出し、どのバーコードを見せればいいのか迷い、後ろに人が並ぶ。ああ、想像しただけで汗が出る。徒歩2分の気楽さが、一瞬で消えるのだ。

それでも、せっかく近所にできたのだから、うまく付き合っていきたいと思う。
生活圏というのは、じわじわと変わるものである。昔はサニー一択だった私も、いまやアプリをダウンロードするところまで来た。人は意外と簡単に宗派を変えるのだ。

とりあえず、今日はアプリを入れただけで満足している。
まだ何も得していないが、気持ちだけは前向きだ。

頑張ろう、と小さく思う。
徒歩2分の未来のために、私はWAONの勉強を始めるのである。
どうせまた、ポイントに振り回されるのだろうけれど。

みんなも一緒に勉強しよう(笑)
参考: 福岡で急増中!マックスバリュエクスプレスをお得に使い倒す攻略法とイオンペイ決済ルート

TikTok Lite キャンペーン 14日間チェックイン5000円未達の記録

最近、私の中でちょっとした祭りが起きていた。

その名も、TikTok Liteのキャンペーンである。

なんとアプリを入れて、14日間、毎日チェックインボタンを押すだけで5000円相当のえらべるPayがもらえるという。動画を作れとも言われない。踊れとも言われない。ただ開いて、押す。それだけなのである。

世の中、こんなにやさしくていいのだろうか。

しかも紹介した側にも特典があるらしい。私はすぐに頭の中で計算を始めた。まずは私が人柱になる。そして無事に5000円を手にした暁には、満を持して妻に紹介する。夫婦で1万円。なんなら将来、子どもができたらその子にも。気が早いにもほどがある。

私は小さく、ほくそ笑んだ。

平日は順調だった。通勤電車の中で、吊り革につかまりながらチェックインボタンを押す。カチッ。たったそれだけで、なぜか自分が一歩、資産形成に近づいた気がするのだから不思議だ。実際には何も形成していないのに。

問題は土日である。

土曜日は危なかった。夜になってから、布団に入る直前に「あっ」と声が出た。危機一髪である。眠気と戦いながらアプリを開き、どうにかチェックイン。私は自分を褒めた。こういう小さな努力が5000円になるのだ、と。

そして日曜日。

きれいさっぱり忘れた。

月曜の朝、いつものように誇らしい気持ちでアプリを開くと、「未達成」の文字が、やけに元気よく表示されていた。あんなに小さなボタンなのに、未達成の三文字はやけに大きい。

私はしばらく画面を見つめた。14日間のうちのたった1日。たった1回、押し忘れただけである。それなのに、私の中の5000円は音もなく消えた。

人は大金を失うより、手に入るはずだったお金を逃したときのほうが、妙に悔しいのだと思う。宝くじは買っていないのに、「あの番号を選んでいれば」と言っている人の気持ちが、少しわかった気がする。

それにしても、私は何をやっているのだろう。

チェックインボタンを押すだけの人生設計。しかもそれすら忘れる。人柱どころか、ただのうっかり柱である。妻に紹介する計画は、そっと胸の奥にしまった。

でもまあ、考えてみれば、たった5000円である。いや、たったではないが、命まで取られるわけではない。私は今日も会社へ向かい、ちゃんと働く。ボタンを押し忘れても、仕事は忘れない。たぶん。

そう思うと、少しだけ気が楽になった。

次に同じキャンペーンを見つけたらどうするか。

そのときはきっと、「今度こそ」と言いながら、またアプリを入れるのだろう。人は学ばない生き物なのである。

クレカ積立 即売り ポイント生活と残高不足の攻防戦

最近、私はクレカ積立のいわゆる「即売り」というものをしている。
なんだか言葉だけ聞くと、闇市のにおいがするが、やっていることはわりと地味である。積み立てて、すぐ売る。ただそれだけだ。ポイントがぽつぽつと貯まるのが楽しくて、私は毎月せっせと作業している。

ポイントというのは不思議なもので、現金ではないくせに、現金よりうれしいときがある。ゲームのスコアみたいなものだろうか。数字が増えていくと「私、うまくやっているのではないか」と妙な自信が湧くのだ。

しかし問題はそこではない。

クレジットカードの請求額が、毎月だいたい70万円くらいになるのである。

七十万円。

文字にすると、急に現実味が出てくる。
私はそんなに散財していない。ブランド品も買っていないし、高級なお肉も食べていない。それなのに、請求額だけ見ると、港区あたりで派手に遊んでいそうな金額である。私の生活感と金額のギャップが激しすぎる。

支払い日前になると、急にそわそわする。
銀行口座の残高を何度も確認し、証券口座から資金を戻し、別の銀行に移し、また動かし……と、まるでバケツリレーである。しかも自分一人でやっている。

昔、子どものころにお年玉をいくつかの貯金箱に分けていたことを思い出す。「これは使う用」「これはとっておく用」などと真剣に振り分けていたが、結局どれがどれだかわからなくなって、全部ひっくり返していた。
あれから何十年も経つのに、やっていることがほとんど変わっていないのである。規模だけがでかくなった。

しかも、即売りなので実質的には資金は戻ってくる。理屈では安全なのだ。なのに、残高不足という四文字が頭に浮かぶと、心臓がきゅっとなる。
私はいったい何におびえているのだろうか。自分で仕組みを作っておきながら、自分で怖がっている。自作自演もいいところである。

それでも、月末にポイントがちゃんと付与されているのを見ると、にやっとしてしまう。
「今月もがんばったな、私」と思う。
誰もほめてくれないので、自分でほめるしかないのだ。

結局のところ、私はお金を増やしたいというより、数字を動かしている自分がちょっと面白いだけなのかもしれない。銀行間を右往左往しながら、今日も残高を確認する。

そしてまた来月も、同じようにそわそわするのだと思う。
ポイントは増えるが、肝は小さいままである。

プレミアムクラスを我慢して、空港で豪遊した話(出張マイルの使い道)

今日は東京出張なのである。しかもマイルで予約した。こういうとき、私は妙に誇らしい。実質タダで空を飛ぶ男、という気分になるのだ。会社の経費で飛ぶくせに、なぜか自分の手柄のように感じてしまうのだから不思議である。

空港のチェックイン機の前で、ふと「プレミアムクラスにアップグレードできます」という表示が出た。追加15,000円。ボタンはやけに素直に光っている。押せばいいだけなのである。

15,000円。

数字にするとたいしたことがないようで、実際にはなかなかの額である。家族5人で回転寿司に行けば、ちょっと本気を出したくらいの金額だ。いや、本気を出したら足りないかもしれない。私はそこで、しばらく機械の前で立ち尽くした。後ろに並ぶ人の気配が、私の優柔不断を静かに責める。

そういえば若い頃、夜行バスで東京に行ったことがあった。三列シートが「贅沢」だと思っていた時代だ。あの頃の私が見たら、プレミアムクラスで悩む今の私はずいぶん偉そうである。人間はすぐ慣れる生き物なのだ。

しかし、15,000円は15,000円である。私は静かに「通常席」のまま進んだ。押さなかった指が、少しだけ震えていた気もする。

そして私はひらめいたのである。

「これは、15,000円得したのと同じではないか」

得したお金は、使ってもいいはずである。理屈としては、どこかの棚に置き忘れた感じがするが、まあいい。

私は空港で、普段なら絶対に頼まない海鮮丼を食べ、ちょっと高いコーヒーを飲み、お土産コーナーで家族に頼まれてもいないお菓子を買った。空港価格という魔法がかかっているから、財布のひもも少し緩む。心なしか、通常席でも背筋が伸びる気がした。

搭乗してみると、前方のカーテンの向こうが少し気になる。あちらがプレミアムクラスなのだろう。だが私は、お腹いっぱいである。たぶんあちらで出るであろう軽食より、さっきの海鮮丼のほうが満足度は高い。そう思うことにした。

節約とは、不思議な言葉だと思う。使わなかったお金を、別の形で使うことを指すのかもしれない。

まあ、いずれにせよ私は今、通常席で満腹なのである。プレミアムかどうかは、胃袋が決めることなのだ。たぶん。

給料日 ポイ活 給与振込キャンペーン還元の落とし穴と会社名振込の悲哀

今日は給料日である。

朝からなんとなくソワソワして、用もないのに銀行アプリを何度も開いてしまった。残高が増える瞬間というのは、いくつになっても少しうれしい。通知が来たときの、あの「チャリン」という音は、もはや私にとっては小さな祝砲なのだ。

ところが最近、ポイ活界隈では「給与振込で○○円還元!」というキャンペーンをよく見かける。給与と認識された電文で振り込まれると、数百円から数千円が戻ってくるらしい。働いたうえに還元まであるとは、なんとも景気のよい話である。

しかし、しかしだ。

私の会社からの振込は「キュウヨ」ではなく、きっちりと会社名で送られてくる。なんという真面目さ。なんという実直さ。結果として、私の口座に届くのはただの通常振込である。電文に「給与」と書いていないだけで、キャンペーンの対象外なのだ。

対象外。

この四文字は、子どものころにくじ引きで「はずれ」と書かれた紙を引いたときの気持ちに少し似ている。駄菓子屋で当たりが出なかった日の、あの妙な静けさ。私は大人になっても、同じような顔をしてスマホを見つめているのである。

そもそも、給料というのは働いた対価であって、それ以上を望むのは欲張りかもしれない。そう思いながらも、「還元」の文字を見ると心が揺れる。ポイントというのは不思議だ。実体はほとんどないのに、なぜか現金よりもお得な気がしてしまう。ポイントは、夜店の金魚すくいの金魚のようなもので、持ち帰ったはいいが、いつのまにか消えていることも多い。それでも欲しくなるのだ。

私は自分の浅ましさに少し笑ってしまう。会社に「電文をキュウヨにしてください」と頼む勇気もないくせに、心の中ではひそかに還元を夢見ている。なんとも小さい。

残高はちゃんと増えていた。ありがたい話である。けれども、どこかで「もし給与扱いだったら」と考えている自分がいる。人は手に入れたものより、手に入らなかった数百円のほうを思ってしまうらしい。困った性分である。

とはいえ、給料日はやっぱり悪くない。通帳の数字が増えるのを見ると、今月もなんとかやったなと思う。還元はないが、生活は続く。ポイントはつかないが、ごはんは食べられる。

まあいい。

還元がなくても、給料は給料なのである。

そう自分に言い聞かせながら、私は今日もせっせとアプリを閉じ、つかないポイントの代わりに、せめてスーパーの特売でも探そうと思うのだった。

Apple Pay対応でポイ活がざわつく朝 ワンバンクと私の小さな野望

今朝、通勤電車の中でスマホをぼんやり眺めていたら、愛用している家計簿アプリのワンバンクがApple Payに対応したという知らせが目に入った。2026年2月24日早朝かららしい。早朝と聞くだけで、なにやらできる会社の匂いがするのである。

VisaプリペイドカードをWalletに登録すれば、コンビニでスマホをかざすだけで決済できるという。しかも家族共有のペアカードもそのまま使えるらしい。私は思わず「ほう」と小さく声を出した。車内で「ほう」と言う40代男性は、だいたい株価か健康診断の結果を見ている人間である。

さらに心を揺らしたのは、Visaの「スマホで!タッチでVisa割キャンペーン」だ。1000円以上のタッチ決済ごとにルーレット抽選で100〜500円キャッシュバックが当たるという。ルーレット、と聞いただけで血が騒ぐのはなぜだろう。私はギャンブルをしないが、無料の抽選にはめっぽう弱いのだ。いわゆるポイ活勢が「激アツ!」と盛り上がる気持ちも、わからなくはない。

思えば昔、スーパーの福引きでポケットティッシュを三つも当てて誇らしげに帰宅したことがある。あのときも確率という名の神様に見放されていたのだが、私はなぜか勝者の顔をしていた。人間とは都合のいい生き物である。

ただし、旧デザインのカードは非対応で、新カードへの切り替えが必要らしい。ここで少しだけ現実に引き戻される。私の財布には、うっすら擦れた旧デザインカードが入っている。なんとなく愛着があるのだが、テクノロジーは愛着を考慮してくれない。登録が殺到してアプリが混み合っているという話もあり、世の中の皆が同じことを考えているのだと知ると、少し安心する。みんな、100円を取りにいっているのだ。

家計管理とポイント活動が一体化する時代。かざすだけで支払いが終わり、さらにルーレットが回る。なんとも忙しい世の中である。私はとりあえず、今夜コンビニで1000円を超えるように無理やりお菓子を足してみようかと思っている。節約のためのアプリで余計な出費をする。これを本末転倒と言うのだろうが、まあ、人生とはだいたいそんなものなのである。

三井住友カードVisa Infiniteで200万円納税?と所得税の現実にひるむ私の話

朝、コーヒーを飲みながらスマホを見ていたら、「三井住友カード Visa Infiniteで実質10万円以上黒字」という文字が目に飛び込んできた。
なんと3月までに200万円利用する予定がある人は、ポイントやら還元やらでウハウハらしい。しかも納税2%還元。200万円を申告納税する人なら、それだけでかなりのポイントがもらえるというのである。

すげー、と思った。

だが同時に、私は静かにスマホを置いた。
私の所得税が200万円もあるわけがないのである。

まず「200万円を納税する人」という言葉が、私の生活圏から完全に浮いている。
200万円といえば、私にとっては「ちょっといい軽自動車」くらいの金額だ。それが税金として消えていく世界。なんだその世界は。別の惑星か。

少し気になって、頭の中でざっくり計算してみた。
所得税200万円ということは、年収はいくらくらいなのだろうか。控除やら税率やらを細かく考えない、私なりの雑な計算でいくと、だいたい年収1,000万円を超えて、もっと上の方の人たちの話なのではないか、という気がする。
「上の方」と書いていて、自分が地面すれすれにいる感じがして少し悲しい。

そういえば子どものころ、年収1,000万円というのは雲の上の存在だった。
「一千万」という響きは、ほとんど「一億」と同じくらい遠かったのである。
駄菓子屋で30円のガムを買うかどうか真剣に悩んでいた私にとっては、1,000万円も1億円も、同じく“買えない金額”という点で大差なかった。

それが今は、カードのキャンペーンで200万円を納税してポイントをもらう世界がある。
世の中というのは広い。広すぎる。

しかし冷静に考えると、200万円を納税できるというのは、それだけ稼いでいるということだ。
税金が高いと嘆きながらも、それだけ払える余力があるわけである。
私はまず、払う税金の額を増やす心配をするより、払う税金が増えるほど稼げるかどうかを心配したほうがよさそうだ。順番が逆なのだ。

それにしても、ポイントが30,000円相当だの、100万円決済で10万ポイントだの、数字が大きすぎて、だんだんゲームのスコアみたいに見えてくる。
私の家計簿の「スーパー 4,382円」という現実味とは、ずいぶん距離がある。

「すげー」と思った気持ちは本物である。
だが同時に、「まあ関係ないな」と思う自分もいる。
この冷めた感じは何なのだろう。負け惜しみなのか、身の丈を知った大人の落ち着きなのか。たぶん前者である。

200万円納税する人はいくら稼いでいるのか。
答えはきっと、「私よりだいぶ稼いでいる人」なのだ。

結局のところ、私は今日もコーヒーを飲みながら、数百円のポイントに一喜一憂する生活を続けるのである。
でもまあ、それはそれで悪くない。

税金が200万円になる日が来たら、そのときは堂々とポイントをもらおう。
今のところは、スーパーの特売で黒字を目指すのが私のVisa Infiniteなのである。

 

アメックスビジネスゴールド特典とtsugitsugi(ツギツギ)1泊無料券の現実

先日、電子メールの海から「1泊無料券」という、なんとも甘美な響きのデータを取り出した。アメックスビジネスゴールドの特典でもらった、旅行サブスクtsugitsugi(ツギツギ)で使えるやつである。
私は40代の会社員。無料と聞けば、たとえそれが試供品の歯ブラシでも心が躍る年頃なのだ。

せっかくだから家族には内緒で、ひとりで東京のホテルにでも泊まってみようかと思った。家には妻と息子が三人。中学生は常にイヤホンをしており、小学生は常に何かをこぼし、幼稚園児は常に私の膝に乗ろうとする。父は常に座る場所がない。たまには、誰にも乗られないベッドで寝たいのである。

そう思って、1月以上先の東京都で検索してみた。
……3件。
しかも、よく見ると「これは本当に東京か?」と地図を拡大したくなる場所ばかりである。

私は思わず画面を二度見した。スマホの表示がバグっているのかと思い、Wi-Fiを切ってみたり入れてみたりした。だが、3件は3件のままだった。どうやら、これは幻ではなく現実らしい。

旅行サブスクという響きは、どこか「いつでもどこでも泊まれますよ」という顔をしている。だが実際は、人気のパン屋の売れ残りコーナーをのぞいている気分である。あればラッキー、なければそれまで。
これに毎月課金している人は、どれくらいの確率で「おっ」と思える宿に出会っているのだろう。もはや修行に近いのではないかと、他人事ながら心配になる。

とはいえ、無料券である。私は一円も払っていない。文句を言う立場ではないのだ。
むしろ「3件もある」と思うべきなのかもしれない。ゼロではない。人生と同じで、可能性はわずかに残されているのである。

結局その夜、私は自宅の布団で、幼稚園児に蹴られながら寝た。
無料の東京ホテルより、無料のキックのほうが現実味がある。
どうやら私の一泊無料は、まだ先の話らしい。