AI活用術・ChatGPT・Claude・Gemini・Perplexity・Grokで実践するMAGIシステム風仕事術

最近、私はAIで遊んでいるのか働いているのか、だんだんわからなくなってきた。たぶん両方なのだと思う。最初はちょっとした興味だったのである。「へえ、文章を書いてくれるんだ」と軽い気持ちでさわったのに、気づけば仕事でも使っている。こういうものは、だいたい最初の一歩がゆるい。ダイエット器具も英会話アプリも、最初だけはやる気に満ちているのだが、AIだけはなぜか生き残っている。人間のほうが根負けしたのかもしれない。

世の中にはいろんなAIがある。ChatGPT、Gemini、Perplexity、Claude、Grokなど、名前だけ見ると外国の強そうな人たちの集まりみたいである。私は最初、この名前をちゃんと覚えるだけで少し疲れた。GeminiのことをGemimiと書いてしまったりして、AIを使う前にまず自分の記憶力のあやしさと向き合うことになる。未来の道具を使っているのに、使っている本人はかなり昔ながらのうっかり人間なのだ。

それで最近、難しい問題を考えるときに、ちょっとおもしろいやり方をしている。エヴァンゲリオンのMAGIシステムみたいなことを、AIでそれっぽくやるのである。といっても、べつに秘密基地があるわけでもないし、部屋が赤く光るわけでもない。ただ同じ質問を三つくらいのAIに投げるだけだ。やっていることは地味である。見た目は地味だが、気分だけはだいぶ大げさになる。「いま私は複数の知性を統合している」と思うと、少しだけえらくなった気がする。たぶん気のせいである。

昔、なにか迷ったときに、母と父と自分の三人に聞けば答えが出る、みたいな時代があった。いや、正確には父はあまり答えを出さず、「まあ好きにしろ」と言う係だった気もするが、とにかく人は昔から、ひとりの意見だけでは心もとないと思っていたのだろう。学校でも、ひとりに聞いてだめなら別の子に聞いたし、店でも一軒目で決めずに二軒目を見た。そう考えると、AIを三つ並べて考えさせるのは、意外と庶民的な行為なのかもしれない。未来っぽいのに、やっていることは近所づきあいみたいなものだ。

しかもAIというのは、それぞれ少しずつ性格が違うように見える。こっちはまじめ、あっちは勢いがある、こっちは説明が細かい、あっちは妙に自信満々、などである。もちろん本当に性格があるわけではないのだろうが、人間というのはすぐ相手にキャラをつけたがる。私はたぶん、電卓を三台並べても「この子は堅実」くらい言い出すタイプである。そういう自分を見ていると、便利な道具を使っているはずなのに、最後は人間の勝手な思い込みで世界を整理している。なんだかいつもの私である。

三つのAIに同じ問いを出して、それぞれの答えを見比べる。すると、共通している部分が見えてくるし、逆に怪しいところも浮いてくる。ひとりだけ変な方向に全力疾走している答えがあったりして、それはそれでおもしろい。会議でも三人に聞くと、一人くらい話を広げすぎる人がいるが、あれに似ている。AIの世界でもそういうことが起こるのを見ると、私は少し安心する。完璧な知性ばかりだと、こちらのぼんやりした頭が肩身のせまい思いをするからである。

このやり方で進めると、けっこう精度のいい答えが返ってくる。少なくとも、ひとつだけを信じて突っ走るよりは、だいぶ足元がしっかりする感じがある。とはいえ、最後にまとめるのは自分なので、そこで急に私の雑さが顔を出す。せっかく三人の優等生が材料をそろえてくれたのに、盛りつける人が私なので、完成品が少しだけ台なしになるのである。これではMAGIというより、賢い人たちに支えられた不器用な係長である。

でも、たぶんそれでいいのだと思う。AIが何人いても、最後に「じゃあ私はどうするのか」を決めるのは自分である。三つの頭脳を借りても、こっちの頭が急によくなるわけではない。けれど、少しは慎重になれるし、少しは見落としが減る。それだけでも十分ありがたい。

結局のところ、私は未来のすごい仕組みを使っているようでいて、やっていることは「みんなに聞いてから決める」という、ずいぶん昔からある方法なのだ。人間は昔も今も、ひとりでは不安なのである。だから三人分の知恵を借りる。借りたところで、最後はだいたい自分らしい雑な結論に落ち着くのだが、それもまた私なのである。