dポイント増量交換・PeX交換上限で失敗した3月末 ポイ活マニアがまた期限を忘れた話

三月の末というのは、どうも人を落ち着かなくさせる。
カレンダーの数字がやけに切迫して見えるし、なんとなく「今月じゅう」「年度内」「月末まで」といった言葉が、冷蔵庫の奥でしなしなになった野菜のように、こちらに存在感を放ってくるのである。

私はこの時期になると、世間の人が思う以上にポイントのことを考えている。
花見とか新生活とか、そういうきらびやかな話ではない。dポイント増量交換である。私のようなポイ活マニアにとって、これはもはや季節の行事というより、朝起きたら顔を洗う、くらいの日常に近い。ポイントを交換するだけで10%増える。しかもdポイントは日興フロッギーで実質換金できるのだから、気分としては、空き地に置いてあった段ボールを拾ったら中に千円札が入っていた、みたいな感じである。かなりうれしい。

だから今回も、私は当然のように動いた。
いつものように、ぬかりなく、手慣れた感じで、少し得意げですらあった。こういうときの私は、自分のことをかなり賢い人間だと思っている。実際には、ポイントの通り道だけに詳しい、ずいぶん偏った大人なのだが、そのときは見えないのである。

PeXに移したポイントは三百万。
数字だけ見ると、なんだか小さな成金みたいで気分がいい。画面の中の数字なのに、急に自分が経済を回している人のような顔つきになる。べつに回してはいない。ただ右から左に動かしているだけである。

ところがである。
私は、肝心なことを忘れていた。
PeXには交換上限があり、一日に百万、いや百万人分でもなく、百ポイントでもなく、百“万”ポイントしか動かせないのだ。三百万あるのに、一日百万。つまり、三日かかる。月末に気づいた私には、その三日がない。ないものはないのである。

※注記:PeXは10P=1円相当である

この瞬間、頭の中で、ああまたか、という音がした。
べつに実際に鳴ったわけではないが、かなりはっきり聞こえた気がした。私はこういう「あと一歩の凡ミス」を、驚くほど定期的にやる。以前も、増量交換のエントリーを忘れて、見事に増量されないという、目も当てられない失敗をしたばかりである。あのときは、準備万端で遠足に来たのに、肝心のリュックを家に置いてきたような気持ちになった。いや、遠足ならまだ笑えるが、ポイントは笑ってくれない。

それなのに、今回もまたこれである。
学習しない男、と書くと少し文学的だが、要するにうっかりしているだけだ。しかも私は、こういう失敗をしたあと、必ず「次はちゃんとやろう」と思う。その“思う”までは非常によくできる。問題はその先で、次になると、前回の自分の決意など、風呂あがりの湯気くらいの速さで消えているのだ。

思えば、昔からそうだった。
夏休みの宿題も、八月の前半には「今年こそ計画的にやる」と固く誓い、後半になると工作の材料を探して家中をひっくり返していた。大人になれば少しはましになると思っていたが、対象が宿題からポイントに変わっただけで、やっていることはほとんど同じである。人は成長するというが、案外、形を変えて同じところをぐるぐる回っているだけなのかもしれない。ハムスターの回し車みたいなものだ。しかも私の回し車には、dポイントとPeXのロゴが貼ってある。

もっとも、今回の失敗はまだましである。
前回のように、エントリー忘れでまるごと増量されない、という致命傷ではない。今回は、次回に回せばいいだけだ。そう思えば、腹も立たない。立たないどころか、「まあ許せるか」という気分にすらなる。人間は比較対象があると急に寛大になるものらしい。ひどい失敗のあとだと、少しひどい失敗はかわいく見える。これは成長ではなく、たぶん感覚が麻痺しているのだと思う。

三月末には、いろいろな期限がある。
そのたび私は、忘れないようにしよう、余裕を持とう、確認しよう、と毎年のように思う。だが、結局ぎりぎりになってから慌てるのである。そういう自分にあきれながら、それでもまたポイントを動かしている。
なんだかんだ言って、私はこういう細かいことで一喜一憂するのが好きなのだろう。

だからたぶん、次もまた参加する。
そしてまた何かを忘れる気もする。
もうここまでくると、ポイ活というより、うっかりの定期観測なのかもしれない。
増えるのはポイントだけで十分なのだが、失敗まで増やしているのだから、まったく困ったものである。