私がこの話を知ったのは、Google検索ではなく、SNSをぼんやり眺めていたときだった。「マイベストの検索順位が落ちているらしい」「AI検索で終わった」など、断定的で景気のいい言葉がタイムラインを流れていく。私は検索結果を確かめたわけでもなく、ただその騒ぎを、畳に寝転んで聞く雨音のように眺めていた。
マイベストと聞くと、どうしても昔の記憶が出てくる。私がアフィリエイトブログをやっていた頃、あれはもう黒船どころか、空から巨大ロボットが降ってきた感じだった。自分が必死に書いた記事の上に、いつの間にかマイベストが鎮座していて、私は「ここ、私の場所だったはずなのに」と小声で文句を言っていたのである。もちろん誰にも届かない。
当時の私は、検索順位を人生の成績表のように扱っていた。順位が下がれば機嫌も下がる。今思うと、ずいぶん情緒が検索エンジンに支配されていた。冷蔵庫の中身より、サーチコンソールを気にしていたのだから、健康的とは言えない。
そんなマイベストが、今度はAI検索の時代にどうなるのかと、SNSでは盛り上がっているらしい。オーバービューに答えを先に言われてしまい、記事が読まれないのでは、という不安。私はそれを見て、「ああ、立場が変われば景色も変わるのだな」と、妙に納得してしまった。
しかし冷静に考えると、出てこなくなったわけではない。ちゃんと検索すれば、まだそこにいる。ただ、騒ぐ人が増えただけなのだ。人は順位が下がると大騒ぎし、上がっている間は沈黙する。これは検索に限らず、人生全般に言える気がする。
結局のところ、私はもうブログもやっていないし、検索順位で一喜一憂する立場でもない。ただSNSの騒音を、遠くで聞いているだけだ。諸行無常というほど立派な話でもなく、みんな落ち着きがないな、と思っただけなのである。
